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磯波

 ミャーオ、ミャーオとウミネコがなく。辺りは赤暗く染まり、蓮の体もほんのり赤く染める。 「帰るか。」 そう言って(れん)は濡れたサーフボードを小脇に抱えた。さりさりと砂を踏む音が耳に入る程、ここにはもう人が居なくなっていて静かだった。軽く足の砂を払い、石の階段に足をかけた。  サンダルを履き、ペタペタとアスファルトの上を歩きながら、夕方だというのにむせかえるような暑さに蓮は首からかけたタオルで鼻を拭った。ここに来た日も丁度こんな日だったなと、蓮はここに来た日の事を思い出していた。 ■■■ ― 確か俺が10歳の時だった。その女は真っ赤な唇で作り笑いを作って自己紹介をした。親父によく似た女だと思った。顔ばかりが美しく、興味があるのは自分のことと金のこと。家庭というものとはかけ離れた女。しかし、俺の母は苦労し尽くして亡くなったのでまあそれもいいのかもしれないと思った程度だった。唯一予想外だったことは、相手にも連れ子が居た事だった。あの女とはまるで似ていないその地味な少年は、人好きのする笑顔を見せ、軽い会釈をした。瞬間、俺はこいつを兄とは呼べないだろうと感じた。 奴らと会ってからもう何度目の夏を迎えたのだろうか。― 玄関のドアを開けると、ひんやりとした空気を感じて憂鬱な気分になる。 「おかえり蓮。風呂のお湯今入れたとこだけど先入る?」 リビングに入ると着替えを持った悠真(ゆうま)にそう問われたが返事は交わさず2階にあがる。悠真は子供の頃はあの女に似ていなかったのだが、どういうわけか日に日に似てくる。ぷっくりとした唇や小さめの手足、髪の毛をかきあげる仕草、どれも魔女のようなあの女を思い出してしまって嫌だ。  自室に入ると悠真が風呂に入る音がした。朝ベッドに放ったままのスウェットに着替え、冷房をつけると自分が空腹だということに気づく。スマホをポケットにしまい、再度1階に戻るとキッチンにはきっちりとラップをしてあるハンバーグがあった。 ハンバーグを電子レンジに放り込み、IHコンロのスイッチを入れ、スープを温める。1人分のナイフとフォークをいつもの木のトレイに雑にのせ、米をよそっていると、悠真が風呂からあがってくる。 「いい匂いだね。俺、篠宮さんのハンバーグ好きなんだ。」 そう言う悠真を無視してトレイを手にした蓮は、また階段に向かった。  蓮達の両親は、蓮達が中学生くらいの頃から帰らなくなった。両親の間には子供が生まれていて、どちらもその子と暮らすことができればそれでいいらしく、3人で別の家で住んでいる。とは言え、金はあるので、蓮と悠真の生活の面倒は全て家事代行サービスの者が行っていて生活に困ることはなかった。しかしはっきり言って無責任な親であることは事実だ。  悠真は蓮と同じ無責任な親の被害者で、悠真が何をしたというわけでもない。それなのに蓮は何故か悠真のことが嫌いだった。

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