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第6話 ヒスイの現状

 桃百(もももも)村は紅葉街と首都の中間地点にある村だ。もう旅人の足で四日の距離を走ったのか。  幼竜は茶屋でお茶休憩をしていた。空の皿に串が三本。団子が口に合ったようで、まだまだ注文している。十四本くらい注文している。  小雨とはいえ雨なのでフリーは普通に店内で食べようとしたが、幼子ズは外で食べると言い、ぴゅーっと外の椅子に走って行ってしまった。このくらいの雨は気にしないどころか、暑さに心地よいらしい。 「……」  まさか一人だけ店内で食べるわけにもいかず、フリーは彼らの間によっこらしょっと割って入って座った。  茶と菓子を注文すると、優しそうな店員さんが運んでくる。  フリーは練り切りに舌鼓を打ち、お茶を冷ます間ニケは白い棒を齧っていた。  青い顔で咀嚼するフリー。 「この和菓子めっちゃキレイ~。けど甘いな……。美味しいけど甘いな。何で甘いの? ニケ、残り食べる?」  差し出される夏の花の形をした練り切り(食べかけ)。ニケは眉間にしわを作ったが、食べてやる事にする。まったく。食べてやろう、しょうがないやつめ。 「あーん」 「ありがとう。はい、どうぞ」  口を開けるニケに、残りを押し込む。全部入った。 「うまうま」 「うへへへへ。可愛いなぁ。このほっぺ、可愛いなぁうへへ、うへへ」  幼子の頬をつつく変人に、店の人が不審がっている。ニケはため息をついた。 「ほうふうふほんほんへ、へんはいふーふはひふぁえろ、ふぁふへ(公衆の面前で、変態ムーヴは控えろ、マヌケ)」 「ムーヴ? ぐっ! もごもごしているニケが可愛くて胸が」 「なんで会話、通じてるです?」 「え?」  首を逆方向に向けると、呆れたような金瞳がフリーを見上げていた。 (話しかけてくれた! 金髪幼子が! 話しかけてくれたうひゃひゃひゃひゃ!)  フリーは喜色をあらわにする。  さっきも話しかけられたと思うが、車内に放り込まれた際に頭打って忘れたのだろう。 「え、えへへ。ニケの言っていることなら、なんとなく。愛の力ってやつ?」  謎の特技を自慢する青年にニケは冷めた目を向け、食後の白い棒を齧る。 「甘いもの、苦手です?」 「うん。おかゆとか、米が好き」  一つに縛っているフリーの白い髪を、小さい手が掴む。 「そうですか。では、わいのペットになるです。そうすれば毎日餌を米にしてあげるです。白髪は珍しいから、特別に側に置いてやるです」  笑顔のまま凍りつき、ニケは白い棒を吹き出した。 「……え? ペット?」  暑さとは違う汗が流れる。聞き間違いだろうか。そうだな聞き間違いだ。  金髪幼児は可愛らしく頷く。 「お父上はたくさんのペットを飼っているです。偉大な父に近づきたいので、わいも真似するです」  聞き間違いじゃなかった。 「え? オキンさん、なにか飼ってるの?」  もふもふした動物なら週五で触りに行きたい。  幼竜が頷く。 「地下牢にたくさん飼ってるです。最近、新しい「ヒスイ」とかいうペットが増えたです」  ――それはペットではなく、囚人だと思うんだ。  気になったらしいニケが骨についた砂を払いながら訊ねる。 「その、ヒスイとやらが今どうしているのか、教えてもらえるか?」 「? 翡翠色の眼球はきれいですが、髪は黒いし。たいして珍しいペットじゃないですよ? ホクト様とミナミ様が連れてきたです。それでも聞きたいのです?」 「それでも聞きたい」  真顔で頷くと、クリュは湯呑を置いてから思い出すように腕を組んだ。 「うーんと。実は言うとそんなに詳しくは知らんです。初日に、餌を運んだ際に顔は見ましたが、誰かに殴られたみたいでお顔は真っ赤で歯が半分なかったです。いえ、殴られたとか生ぬるいです。あれは牛に撥ねられた傷です!」  ニケはフリーから距離を取った。 「待ってよ。引かないでよ」 「お前さん……寸止めしたとか言ってたやん? あれ嘘やったんか?」 「止めたよ? と、止まりきらなかっただけで……」 「それを寸止めとは言わん」  ひそひそ話すふたりに構わず続ける。 「二日目は、話せるようになったようですが、それ以来、会うことを禁止されたです」  面白くなさそうにむくれる。そろそろ髪を離してほしい。 「禁止されたって、オキンさんに?」 「……キャッチ様です」  誰? と訪ねようとして、話に入ってくんなとニケに襟首を引っ張られる。 「今も牢屋内に居るんだな?」 「はい。キャッチ様に「お仕事」された方は別の、特別牢獄に移されるですが、わいはそこへの立ち入りをきつく禁じられてるです」  なんで入っては駄目なんです? と訊いた時の師の目が忘れられない。たまに夜中に思い出してチビリそうになる。 「そうか……」  牢屋内にいることを知り、ニケはホッとした様子だった。着物を引っ張られたフリーは椅子から落ちた体勢のまま「よかった」と呟く。  椅子から落ちた人を金瞳が見下ろす。 「教えてやったからペットになるです」 「あいにく、それは僕の持ち物だ。ヒトの物を盗ったら泥棒だぞ?」  クリュはそっと目を細めてニケを見る。 「竜にそんなもの、関係ないです。すべてを手に入れるのがわいら竜なのです」  ヒッと悲鳴を上げ、お店のヒトが店内へ引っ込んでいく。幼いとはいえさすがは最強種。びりびりと肌を痺れさせる凄まじい圧だ。ニケだって同じように店内へ逃げたかったが、男には引けない時がある!  キッと目つきを鋭くし、ニケは必殺の一言を放った。 「キミカゲ翁に言いつけるぞ」  他力本願。 「そんなことで……わいが、怯むと……でも……」  秋夜の虫のような音量になり、最後には消えていく。  項垂れ、完全に沈黙した同い年(多分)に、ニケは心でガッツポーズを取る。  強くなってきた雨を見上げると、瞼を雨粒が叩く。  金髪幼子は、受け入れがたい現実を突きつけられたように、手のひらを見てわなわなと震えた。 「わいが……、竜のわいが? たがだか赤犬族に? 負けた、です?」  フリーの剣舞を見た時の自分のようだと、ニケは冷めてきた茶を飲む。この店の茶はかなり苦かった。うえっと舌を突き出す。 「なんなんです。あの……キミカゲ様は。なぜペポラ様どころか、お父上まで。あそこまで気にかけるです?」 (伯父だから、じゃないのか?)  オキンとキミカゲの関係を知らないのかと、ニケは首を傾げる。  謎です、とクリュも首を傾げる。  そういうおもちゃの様に同時に首を傾ける幼子ズ。  ズザァと、フリーが視界に滑り込んできた。来ると思った。 「だから! 可愛いことをするときは教えってば!」 「うーん。言わなくともお前さんは、感知するじゃん。今みたいに」  湿ってきた地面を悔しげに拳で叩く。 「それでも! 感知出来ても体がついて行かないんだって」 「それはお前さんの運動神経がクソ雑魚だからだろう。僕に罪はない」  二人の会話の内容が意味不明なようで、クリュは無視して店を振り向く。 「注文した団子はまだこないです?」  団子一四本くらい頼んでいたな。 「お前さんが放った圧で、それどころじゃなくなったんだろうよ」  クリュは不満げに口を曲げる。 「そこまで、強い圧を放っては……。それに、この白い人は平気だったです」 「そやつと一般人を一緒にするな」  鬼の前でもアホを炸裂させるやつだぞ。 「むう」  仕方ないので、食べた代金だけ置いて、フリーたちは車に戻った。  本降りになってきた。  定位置につこうとする金髪ほっぺに声をかける。 「ねえ。雨強くなってきたから、無理に走らなくていいよ? 一緒に車の中で雨宿りしよう?」  近くに来てしゃがむフリーにほんのりとムッとする。 「わいの方が強いです!」 「?」  雨が強くなってきた→わいの方が強い。  ああ、なるほど? 「そ、そういう意味じゃなくて……。濡れて、風邪引いたらいけないし」  乗りかけていたニケもこちらに来る。 「オキアミが最強種の心配とは滑稽だな。星(隕石)が降っても「あ、いてぇ」で済む生き物の何を気にかけとるんだ」  お、オキアミ?  ニケもフリーの隣でしゃがむ。つられたのかクリュもしゃがんだ。 「その通りです。わいらの心配など、喧嘩売っとるだけです!」  竜の機嫌を損ねようとするものなどいない。これで引き下がるだろうとクリュは思っていたが、 「例えクリュ君が世界最強でも、俺は同じこと言うよ。雨の中、進む必要はないから車の中でお喋りでもしようよ」  むかぁ~と、竜の、怒りのボルテージが上がっていく。フリーの優しさや気遣いも、最強にとっては馬鹿にされているだけである。  「あ、これはやばいな」とニケが感じるも、爆発はしなかった。  ただ…… 「さっさと車に乗るです。そして二度と話しかけるなです。不愉快です」  氷のように冷たくなる声。凄まじい拒絶。  さすがにフリーもこれ以上、話しかけることは出来なかった。

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