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第35話 詰問部屋へ

 紅葉街の治安維持隊・「紅隊(くれないたい)」。その隊署。  維持隊は自供させたら勝ち精神だったので、捕らえた容疑者はさっさと詰問という名の拷問をし、罪を白状させるのがいつもだった。  これは過激派が多いのではなく、万年人手不足により犯人の一人にいつまでも人員を裂いていられないという、悲しくもすぐにはどうしようもできない理由がある。  紅隊の隊長はキミカゲを誘拐しようとしたらしい大男を詰問部屋へ放り込み、自らはキミカゲの事情聴取を買って出た。  これには隊員たちは「えっ」と驚いた。  弱い者いじめが大好きな、もとい、仕事熱心な隊長が詰問を隊員に任せるなどこれまで無かったことだ。自白させることをゲームのように楽しんで彼が。熱でもあるのかと心配になった。 「さて。お話を聞かせてもらいましょう」  取調室。机が置いてあるだけの小さな部屋に入り、紅隊の長・ナカレンツアは机の向こうに座っている人物をニヤニヤと見下ろす。  座布団にあぐらをかいているキミカゲ。座布団など渡した覚えがないので、隊員の誰かが余計なことをしたのだろう。ナカレンツアは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、対面席にどかっと腰を下ろした。  おじいちゃんはにこっと微笑む。 「久しぶりだねぇ。ナッツ君。大きくなって」 「変なあだ名を付けるのは、やめていただきたい」  さっそくこれである。この外見詐欺ジジイ。長い名前を覚えられないからと、こうして勝手にあだ名をつけてくるのだ。六文字くらい覚えろと大いに怒りたい。それと親戚の婆さんみたいなことを言うな。この歳(四十七)で子ども扱いは吐く。  灰色鼠族特有の髭を摘まみ、高速貧乏ゆすりをする。それを見た会話を記録する隊員の顔は、不安一色だ。  隊長は机に頬杖をつく。 「では、街破壊の言い訳を聞いましょうか」 「さっき話したと思うけど?」  首を傾げるキミカゲに、いらっと眉が動く。 「さっくり過ぎて要領を得ませんでしたよ?」  現場到着時、確かに何か与太話を聞いた覚えはあるが、あれで説明した気になっているのだからめんどくさい。このジジイと居候を始めたという赤犬族がいる様だが、よく発狂せずにすんでいるものだ。  ナッツの苛立ちに気づかず、キミカゲは眉を八の字にする。 「それよりこれ、外してもらえないかい?」  キミカゲは両手を顔の高さまで持ち上げる。その手首は、凶悪犯にするように縄できつく縛られていた。後ろではなく前で縛られている分まだ楽だが。拘束されていると不安になる。 「なんで縛られているの? 私。この街で一番弱い自信があるよ?」  脆弱の化身・人族(フリー)といい勝負だと思っている。ニケのように足が速いわけでもない。どうあがいても逃げるのは無理だ。  なので、拘束は不要だと主張するが、隊長はそれを鼻で笑う。 「それを決めるのはこちらです。貴方ではない。それに貴方は広場の大破壊を行った危険人物だ。拘束してもなにもおかしくはない」 「そうだね……」  秒で言い負かされ、口を拗ねたように尖らせる。 「でも、危険人物とか初めて言われたよ。長寿以外に誇るところのないよわよわ種族だから、ちょっと嬉しいな」  両手を合わせて(そもそも外せない)うっとりと天井を眺めるキミカゲに、隊長は机を強く叩く。 「なにを喜んでいるのですっ? 怪我人がいなかったことが奇跡ですよ? 広場だったとはいえ、被害を被った民家もあるのです。その者たちの気持ちを考えた発言をお願いしますよ!」  ふたりに背を向けている記録係が大口を開けて手を止める。キミカゲのあまりの発言に、隊長が常識人みたいなことを言っておられる。 「ご、ごめん……」  しゅんと肩を落とす。どちらが年上なのか分からない光景だった。  隊長は持参した水筒でのどを潤す。中身は酒だろうか。 「で? 誘拐されればよかったとは言いませんが、いささか過剰防衛だったのでは? 特にあなたには、背後に最強がおられるでしょう? 大人しく誘拐されて助けを待つという手も取れたはずですよ?」  喉が渇いたのか、キミカゲはじっと隊長の水筒を見つめる。 「うん……。でも、手足落とすって言われて、怖かったんだよ」  過剰防衛と言われれば、何の言い訳もできないくらい星霊たちは強かった。  夜宝剣は護り刀としては有名だったが、どういう機能が付いているのかはあまり知られていない。キミカゲも知らなかったくらいだ。地上で知っているものはごくわずかだろう。  ――というか、説明しても大多数は信じない気がする……。  こんなおもちゃみたいな見た目の剣から、神に匹敵する上位星霊が、子どもとは言え七柱も出てくるなど誰が信じよう。 「はあ。失礼ですがキミカゲ様は手足を失っても、再生はしないのですか?」 「ん? しないねぇ」  目を閉じる。  失くした身体の再生など、竜や鬼の領分だ。鬼は首だけになっても動いたという記録がある。だから、キミカゲは覚醒フリーと戦った黒鬼が死んだとは思っていなかった。 (正しい処置をすれば、取れた手足をくっつけることが出来る医学力を持っていた種族は……滅んじゃったしね)  生き残りはいるがひとりでは子孫を残すことは出来ない。人族はフリーを最後に、本当にこの世から消えるだろう。  それだけのことを彼らはしたのだ。 (でも医学書は残してほしかったな~)  愚痴っても仕方なしと瞼を上げ、目の前の「獣人」を見る。 「もし再生するとしても、再生するんだから我慢しろ。なーんてことは、言わないよね?」  笑顔を浮かべながらも恐る恐る問いかけると、ナッツは顎を撫でて顔を上に向ける。 「ええ。もちろんですとも! たーだーしー? あれほどの被害を出すなら、キミカゲ様ひとりの犠牲で済む方が良かったとは、思いますがねぇ?」 「そんな」  ガーンとショックを受けるキミカゲ。記録係も顔には出さないが内心「おいおい」と汗を垂らす。  両手を縛られたままキミカゲは喚く。 「達磨にされたら死んじゃうよ!」  隊長は鼻をほじる。 「貴方ならなんとかできるのではありませんか?」 「薬師はそこまで万能じゃないよ?」  頑張って治そうと努力する人の背中を、そっと押してあげる程度だ。その辺の自称薬師と比べれば、そりゃあ、まあね? 腕がいい自覚はある。だが、絶対助けられる保証はない。生き物なのだから。  何かが癇に障ったのか、ナッツの大きな鼠耳がぴくっと動く。 「そうですね」 「分かってくれたかい? 過剰防衛と言われれば、過剰だったけど。私も手足失うわけにはいかなかったから。でも迷惑かけちゃったし。あ、あの、あれなら広場の穴埋めるの手伝うよ。ね?」  だから釈放してほしいな~と、両拳を顎の下に当ててぶりっ子ぶると、隊長はおもむろに立ち上がり机を蹴り上げる。古い机はキミカゲの顔すれすれに通り過ぎ、壁にぶつかるとガラクタに変わった。 「……」  目を見開いて硬直するキミカゲ。出かけた魂をヒュッと吸い込んで九死に一生を得た記録係。危ない危ない。走馬灯が駆け巡ったではないか。  今ので彼に傷一つでもあれば、瞬間この建物は街から消えていたが隊長はどうしたというのか。乱心したのか。もしそうなら、お、おおおお終わりだ。  仕事そっちのけで家族への手紙(遺書)を書き出す記録係など目に入っていない様子で、十手をキミカゲの眉間につきつける。 「貴方の! そういうところが! 気に食わないのですよ」 「え?」 「どこぞの神使や竜同様! 街人の支持を無駄に集めおって! 万能ではないというのなら、なぜそんなに……っ」  ギリッと奥歯を噛みしめる。 「街人も街人ですよ? 我らではなく竜や神使ばかり崇め奉って、役立たずだの税金泥棒だの好き勝手ほざきまくる。そのくせ身に危険が迫れば我らに助けを求めるのですから! 滑稽以外の何者でもないですね」  静まり返る室内に、ナッツの荒い息遣いだけが響く。  呆然と見上げてくる白緑の瞳を忌々しく睨み返し、ばっと顔を背ける。水筒の中身を飲み干すと投げ捨てる。それがたまたまキミカゲの肩に当たるが、怪我はなかった。  爆風やらで薄汚れた老人を見下ろし、嘲笑う。 「だから私は貴方が、貴方たちが嫌いです。貴方たちがいる限り、我々が賛美されることは無いですからねぇ」  キミカゲは膝立ちになる。 「そんな! そんなことないよ? 君たちが頑張っていることは、ちゃんと知っているよ? そんなこと言わないで。ね?」 「だから……」  隊長のこめかみに青筋が走る。 「憐れむなぁ!」 「うっ」  横薙ぎに振るった十手が、眼鏡を弾き飛ばす。  暗い笑みを浮かべるナッツは十手を舐める。 「ですので、貴方でたぁぁぁ~っぷりと憂さ晴らししてあげますよ。今の貴方は危険人物ですからねえ? ようは傷をつけなければいいんでしょう?」  取調室の扉が開きナッツの部下が数人、踏み込んでくる。その全員がナッツ同様、キミカゲ達に恨みを持つ人物だ。  彼らは眼鏡を拾おうとしたキミカゲの腕や髪を掴み、強引に立たせる。 「いっ! 痛いよ……」 「痛いですか? 良い顔ですねぇ。我らの気持ちが少しは分かるでしょう」  覗き込んでくるぼやけたナッツの歪んだ笑み。そこにあるのは明確な悪意。彼らはキミカゲをいじめたいだけなのだ。 「こんなことをしていいのかい? 記録係がこの会話を記録しているんだろう?」  助けを求めるように視線を向けるも、記録係は立ち上がると仕事は終わったとばかりに部屋を出て行った。 「……え?」  間の抜けた声をこぼすキミカゲに、ぷっと吹き出す。 「もとよりこの場には、私の息のかかった部下しかいませんよ? 残念でしたねぇ?」 「……」  何か言おうとして声にならず、やがて項垂れるキミカゲに良い笑顔で隊長は頷く。 「詰問部屋へお連れしろ」

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