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番外編 母の休日

※本編とは何の関係もありません。 「ただ~いま~……帰りました」  からからと戸を開ける音がする。  この気合いと間が抜けた声はフリーだな。なんか元気がないぞ。どうせ仕事場(ディドールさんのところ)でやらかしたんだろう。まあ、僕の顔を見たら元気になるし出迎えてやるか。 「おかえり。裏口から入って来いと……」  ぶんぶん揺れる尾を握りながら玄関へ行き、見上げると固まった。 「ニケぇ~」  困り顔で帰ってきたフリーの頭に春が到来していた。  腰に届く長い髪に色とりどりの花が差し込まれている。桃色、橙色、赤色、黄色と色は様々だが同じ種類の花。肩や袴にも花びらがついており、雪原に溶け込めないカラフル仕様になっている。 「どうした? その愉快な頭は?」  ニケの前で正座するとぐずぐず泣き出した。 「わかんないよ~。道行くヒトがジャンプしながら花を挿してくるんだよ。聞いても教えてくんないし……。うええ~いい香りがする」 (……)  花くらいで泣くな、馬鹿者が。  慰めることもなく膝に寝転んで遊ぶ。ニケが説明しないのを見て、仕方なさそうに教えてくれたのはキミカゲだった。 「よしよし。泣かなくていいよ。怖いものじゃないからね? それは。街のヒトから好かれている証拠だよ」 「うえ?」  ニケを抱きあげると、正座のままじりじりとおじいちゃんに寄っていく。  移動しながら呼吸をするくらい無意識であったかほっぺに頬ずりする。もちもち。ふえっへっへっへっへ。  だらしない笑みになったフリーの髪から、花を引っこ抜いていってやる。 「今日はね? 好きなヒトに贈り物をする日なんだよ。海の向こうから伝わった風習なんだけど、若い子は取り入れるのが早いねえ」 「えっ?」  ニケに何も贈り物用意してないよ……。もう夕方だし。どうしよう。という思いが伝わってくるほど真っ青になっているフリーにふふっと笑う。 「花を贈るのは『友愛』や『いつもお世話になっています』という意味があるんだよ」  フリーは片付いている室内を見回す。 「え? じゃあ今頃くすりばこは花で埋め尽くされていないとおかしくないですか? 花はどうしたんです?」 「……これはまだ若者の一部にしか浸透してないからね。お年寄りたちが追い付くのはいつも数年後さ」 「ほへ」  まとめた花の茎を適当なひもで結んで花束にする。鮮やかでステキだ。 「では、それは。貰った花はどうすればいいんです?」 「長持ちさせたいのなら乾燥させるのもお勧めだよ。こうやって逆さまにして吊るして」  生花より長持ちするドライフラワー。やり方。吊るして待つだけ。 「簡単ですね。てっきりディドールさんに渡すのかと思いました」  花霊(はなたま)族に花を贈るのは白手袋を投げるのと同じ意味だ。上司が花霊の彼にはしっかり教えておかねばならない。  白い頬を摘んで伸ばす。 「花だからって脳死で花霊に持ってっちゃ駄目だよ? 返事は?」 「ふぁい」  素直ないい子だ。花束は壁に吊るしておく。 「誰も白い花を渡さなかったんだな」 「髪の毛白いから、埋もれちゃうと思ったんだろうね」  ゆるめにニケが髪を引っ張ってくる。 「じゃあ、ニケみたいな本命には何も渡さないんですか?」 「うーん。物を渡すというか、愛するヒトには家事をやってあげる、かな。この風習の本来の目的は、奥さんや母親を休ませてあげる『母の休日』だからね」 「?」  母親がいないせいかぴんと来ていない様子。 「そうですか。確かにニケは家事やってくれてますもんね……。じゃあ今日は俺がするよ! 任せてね!」  目をキラキラさせて意気込んでいる。張り切っているだけに言いづらいな。なんせ家事をやっているのは「ニケ」なのである。 「掃除も洗濯も飯の準備ももう終わっているぞ。買い物は昼間に済ませたし、明日の着替えの準備もばっちりだ。お茶っ葉の詰め替えも翁が失くしたメモ帳も見つかったし。何やるんだ、お前さん」  時刻は夕方。有能で効率重視なニケがやっているのだからこの結果は当然。 「……」  拳を握ったまま固まっちゃった。 「ニケ君。いつもありがとう」 「いえ。お世話になっているのはこちらなのですから」  頭を撫でられご満悦。 「そ、そんなぁ! 俺もニケに愛を伝えたかったようううぅ」  情けなく喚いている十八歳児の頭に、八歳の小さな手が乗せられる。 「やかましいわ。それに僕は家事をやってもらうより嬉しいことがある」 「え? じゃあそれをする! なになにっ?」  がばっと身を乗り出してくる。表情がころころ変わるフリーにむすっと頬を膨らませる。その頬はほんのり赤い。  数秒躊躇ったのち、両手を前にならえ。 「……抱っこ」 「うわわ~い」  愛が目に見えるものならポコポコとハートが部屋中に散らばっているだろう。フリーのことだから部屋がハートで埋まるはずだ。すりすりすりすりと、高速頬ずり音が聞こえる。摩擦熱で火傷しないようにね。  ほほ笑ましく見つめているとフリーがこっちを向いた。 「キミカゲさんにはこれあげる~」  裾から取り出したのは濃い桃色の花。手のひらに乗せると羽のように軽い。 「これは?」 「愛梅のお花」 「おい、むしってきたんじゃないだろうな?」  赤い瞳にじとっと見つめられ首を横に振る。 「違うよぉ。きれいに形を保ったまま根元の芝生に落ちてたんだって! きれいだなーと思って。皆がお花挿してくるから、お花のことばっかり考えてたから見つけたんだよー」  「愛梅」と書かれた木札が枝に引っ掛けてあったんだよーと、ニケを抱きしめたままきゃっきゃはしゃいでいる。  手のひらの花を見つめる。孫が「おじいちゃんお花あげるー」とくれたものを拒めるじじいなどいるだろうか。キミカゲにはできないしそんな奴がいたら口聞かないが、これは嬉しすぎる。 「うう……」  じわっと涙が滲む。甥や姪っ子たちもよくこうして色々くれたっけ……。  目頭を押さえて泣き出したキミカゲに、居候たちは慌てる。 「ど、どうなさったのですか? 翁」 「あのあの! し、しし白い花の方が良かったですか?」  若い子たちがそばに来てくれた。フリー君はただくっついているだけのような気もするが、嬉しいが押し寄せてくる。  涙を拭ってにっこり微笑む。 「ううん。嬉しいよ。ありがとうね」  子どもたちはホッとした様子だった。  このまま乾燥させてしまうのもアレだと感じたのか、キミカゲは吊るした花を一本引き抜く。それをフリーの耳に引っ掛けるように差し込む。 「せっかくだし、今日一日くらいは……あー」  やっぱやめたと、花を取る。 「え? なんでですか?」 「白い髪に色のついたお花がすごく目立って、誘拐されそう。やめよう」  これが爺馬鹿ってやつか。フリーはむんと腕を曲げて筋肉アピールする。筋肉はない。 「大丈夫ですよ。俺百八十もあるんですから」  キミカゲとニケが同時に目を逸らす。  たとえそれが体重の数字だとしても獣人相手ではあまり意味がない。フリーが渾身の阿呆のため誤魔化されているが、黙って空でも眺めていればそこそこなのだ。おまけに白髪と言うこともあり、彼が魔九来来(まくらら)使いでなければ仕事の行き帰りはニケが付き添っていただろう。  はあとため息をつく。 「なんのため息?」 「お前さん、今のままでいろよ? 低知能のままで」 「お、おん?」  二人の気持ちが分からないのでキミカゲの手からさっきの花を抜き取り、ニケの髪に挿してみる。  黒髪に咲く桃色の花。 「……ほう」  ほう、じゃない。感想を言え。 「駄目だ。ニケの可愛さが勝っちゃっててお花に目が行かない」  艶々の黒髪にふっくらほっぺ。ぱっちりおめめにあったかボディ。なによりふわんふわんのお尻尾。 「おい。外見ばかり褒めてないで中身も、なんか言え。褒めろ」 「ニケが好きです」  ぎゅっと抱き合う二人。  もちもちいちゃつく二人を、気分の良いキミカゲはそっとしておいた。 「ていうか。なんで街のヒトは聞いても教えてくれなかったの?」 「若いし知っていると思われていたんだろう? それかただ、お前さんの反応が面白かっただけだ」 「そんな~」  番外編・母の休日(いちゃつく日)。END

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