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第49話 半分くらい

 夜回り(夜に巡回すること)のときいつも使っているもので、でかでかと「紫矢(しや)」の絵が描いてある。  紫矢とは矢じり、またはハートに似た形をしており、そんな形の小さい粒が房になっている。これは羽梨の女神が髪飾りにも使用している色鮮やかな果実で、花言葉ならぬ果物言葉に「良縁を招く」や「子孫繁栄」の意味を持つ。……余談だが、キミカゲが「ブドウに似てるねー」と言っていたが。武道? おじいちゃんはボケたんだろうか。 「それよか神剣を出した方が早くない?」 「神剣を照明器具にしていいのですか……?」 「いいんじゃない? 以前キミカゲさんに照明代わりにされたけど、我が神からは何も言われなかったし」  拗ねた顔の神使に、あの鬼の話ですか……と呟く。 「肝心な時にお傍にいられず、申し訳ない」 「別にー? 家で待機を命じたのは、私だし?」  ワイズがいると怖がっちゃうヒトがいるからね。武装しているし顔見えないしでかいし。話せばいいヒトだと分かってくれるだろうけど、お祭りを楽しみに来てくれたヒトの気分を台無しにしたくはない。  家で待機より双子巫女たちの近くにいてもらうことも考えたが、この従者、私以外を守ってくれないんだよね。  主が大切にしてる人は大切にしますとか抜かしているけど、あくまで私第一に動くからなこの二メートル。使い勝手が微妙。……従者をうまく扱えないのは主である私の責任なんだけどさ。 「だから一切気にしなくていいよ? 私も気にしていないし」 「主……」  感動のシーンだ。なのだが、どうして主は私の足を踏んでおられるのだろう。暗いから間違って踏まれたのだな。ほほ笑ましいことだ。足がメリメリ鳴ってる以外は。  理不尽な怒りをぶつけて満足したのか、アキチカは提灯の中に手を入れる。すると、火もつけていないのに提灯に明かりが灯った。  眩すぎない、ほのかな青っぽい緑の光。    アキチカが神から賜った力のひとつ。「蛍星(ほたるぼし)」。  「神九力(しんきゅうりき)」や「魔九来来の対をなす聖の力」とかいろいろ言われているが、これもれっきとした魔九来来(まくらら)である。故にしっかりとこの力にも代償が伴う。 「……贅沢ですねぇ」  神秘的な光を見て、面の奥でポツリとこぼす。  蛍星は植物の成長を促し、植物の病を遠ざける力がある。それとおまけのようなものだが、怪我を治す力も備わっている。豊穣の女神の神使がいる土地で、人々が飢えることは難しい。  そのせいで周辺の街や村、果ては外国から狙われるが――いまこの話はいいだろう。 「神の偉大な力を提灯の蝋燭代わりにしますか。なんと言いますか、太陽神の力で湯を沸かす……みたいな贅沢さと勿体なさがありますね……」 「私の魔九来来っていちいち光るんだもん~。いや、我が神からの力に文句言いたくないけど、私たまに蛍扱いされるし」  小さな子に「しんしさま、ほたるみたい」と言われたのがちょっと、心に残っている。悪気がないのは分かっているんだけど。  ワイズは「そうですね」と頷く。 「主、暗闇でもほんわか光りますもんねッンブ」 「おお?」  青筋を浮かべた笑顔でシュッシュッと拳を突き出すもひょいひょい躱される。  明るくなり先ほどより歩きやすくなった道。ワイズは当然のように主の半歩前を歩く。三歩前を歩けよと難癖をつけたら「手の届く範囲にいてください。また川に突っ込まれたらかないません」と言われてしまった。これが……ムカつくって気持ちか。 「殴られて、そこは! てか、背後からの攻撃を躱すな。目ェどこにつけてんだ」 「素人が下手にヒトを殴るとシャレにならん怪我をしますよ。拳が相手の歯にでも当たってみなさい。ぱっくりと皮膚が裂け、下の骨が見えますよ」  殴ろうとしている側の心配をするとは余裕だな。これが、ムカつくって(略)。 「はあ。話し戻すけどキミカゲさんのせいでこの力滅多に使わないし。たまに使わないと使い方忘れちゃうから、いいんだよ」 「育毛剤や質の良い肥料まで、作っちゃいますからね」  褒めるような口調にわずかにむっとする。  育毛剤や肥料を気軽に作るな。毛が一日で生えてくる育毛剤とか初めて見たよ。神の血とか混ざってないよね? あのおじいちゃん。 「主の力とキミカゲ様の薬って、役割被っていますよね……。そういう事でしたら、ガンガン使ってください……とは言いませんよ? 代償が怖いですから」 「でも、たいした代償じゃないし」 「主」  気楽に言う神使に、ワイズは子どもを叱るような口調になる。 「私は主が代償を払わなければならない、ということが嫌なんですよね。どっかから浮浪児でも攫ってきて、生贄に捧げませんか? これで代償をなしにしてくださるように、と」 「えっ?」  ――急に従者が邪教徒みたいなことを言い出した。  何かに憑りつかれたんだろうか。それとも疲れているんだろうか。悪霊の気配は感じない  けど、念のため「角アタック」した方が良いか?  従者の面を見て、真面目に考える。  アキチカが転んだ際、角が赤の他人の腰にぶっ刺さってしまったことがある。その人は実体のない幽霊系の魔獣に憑りつかれており、魔獣は見事に逃げ去って行った。角にこんな力があるなんて、神様ったらいつの間に角にこんな力を仕込んでいたのやら。よかったよかった……教えておいてほしかった。当時はそんなこと知らずに、魔獣が抜けたことによる疲労で気絶した相手を見て「殺しちゃった……」と本気で思ったからね。寿命削れたんよ。  だがこの従者は、魔獣に憑りつかれちゃうような可愛い奴じゃないしな。となると、考えられるのは……。  アキチカは優しく従者の背中を摩る。 「どうした? 何か嫌なことでもあった? 仕事のストレス? 誰かにいじめられてるとか? ほら、話してみなさい。楽になるから。楽にならなかったとしても、私も一緒に考えるから」 「……」  ワイズは面の下で眉根を寄せる。  神使モードになってしまわれた。相手が気を遣わなくていいように、別人のような微笑みを浮かべて返事を待ってくれている。気がつくと夏の暑さとは違う、神聖であたたかい空気に包まれていた。お布団で二度寝するような、人生最高の気持ち良さ。この空間にいるだけで心を圧迫する緊張、不安、焦燥が微かに、ほんのわずかだがほぐれていくような。自分ではどうしようもない心の重圧から解放されるような。  ……月一で開かれる「アキチカ相談室」の予約が埋まるわけだ。  ごほん、と従者は咳払いする。 「申し訳ございません。冗談ですよ、生贄なんて。半分くらい」 「半分?」 「仕事のストレスは、ありませんよ」  神使に相応しい笑みが消え去り、にやりと悪戯でも企んでいそうな顔つきになる。 「またまたぁ。仕事とストレスはセットでしょ? 心の歪みや重みのひとつやふたつはあるでしょ? 前聞いた時は無いって言ってたけど……いや、あるはず! さあ言え!」  他の者には無理やり悩みを聞き出さず、心の整理がつくのを待ってくれているのに、どうして自分は胸ぐらを掴まれているのかな? おまけにゆっさゆさと揺すってくる。これは嘘でも何か悩みがありますと言わないといけないのか。……神使にというより、主に嘘をつきたくない。  仕方あるまい。ここは正直に。 「ストレスは、感じるときはありますけど、主の声を聞くだけで吹き飛んでいきます」 「……」 「咀嚼音が好きというお方や、野菜を切る音が好きというお方がいらっしゃるように、私にとって主の声がドンピシャなのです」 「……」  真っすぐこちらを見てくる面が怖い。 「なので、どうせならもっと声を大にして喋ってくれると……あっ、主? 急に走らないでください。主?」  苦い薬を前にすると茶馬族すら置き去りにする脚力を見せるアキチカに、遅れてスタートしたはずの従者が並走してくる。  アキチカは目を剥いて唾を飛ばす。 「ついてくんなよ!」 「帰る場所同じなのですが……」

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