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第48話 なんで拷問卿が迎えにくるの?
赤ずきんのようにフードを被り、影で若干見えづらいが柘榴石を思わせる透き通った瞳。背は高くも低くもなく、顔立ちは大人びてもおらず幼くもない。この暑いのに分厚いマントに身を包み、そのせいで体型は分からないが、珍しい西洋の「靴」を履いている。
「……」
そのヒトを見て真っ先に動いたのはキミカゲだった。大変珍しいことに怯えた表情でアキチカの背後に隠れてしまう。
ナカレンツアたちも下手に動けなかった。嵐が通り過ぎるのを待つように、鍵役は頭を抱える。
かなり猫背なその人物はゆらりと歩いてくる。
妙な緊張感に包まれる中、ワイズハートは友人と接するような気安さで口を開く。
「あなたひとりですか? ベゴール様の部下が来るはずだったのでは?」
「んー?」
首の後ろを掻きながら気だるそうな声を出し、
「そうだね? 混血の旦那の仕事だけどさ」
柘榴石の瞳が猫のように細められる。
「隊長さんの部下たちが子どもに見せられないようなことをしていたから、途中で交代しただけ」
手を大きく広げ、赤い口紅で彩られた唇が三日月のように笑う。手を開いたことでマントが解放され、その内部が露わになる。マントの裏側にはびっしりと拷問道具が収納されていたのだ。
ときに囚人の拷問まで行う維持隊の面々までもが顔を引きつらせる。拷問道具は全てが血に濡れていることもなく、錆びついてもいない。よく手入れされているのかピカピカだ。その輝きが逆に空寒く、見る者を恐怖させる。
フードの人物はすぐ手を下げたので物騒な道具はマントに隠れ視界から消えた。
アキチカも顔をしかめていたが、部下三人を振り返る。
「子どもに見せられないって……なにしてたの? ただの身体検査だよね?」
「「「ぐう……」」」
澄んだ瞳に、部下三人は「殺してくれ」と言わんばかりに蹲った。キミカゲも何と言っていいのやらと下唇を噛む。
察したワイズが話題を変える。
「ベゴール様本人は来られなかったのですか? なぜあなたなのです?」
「旦那はああ見えて忙しいんだ。便利だからね。ボスがこき使うのさ。……うらやましいこった」
皮肉げに肩を竦め、キミカゲに手を差し伸べる。
「それでは、帰りましょ。キミカゲ様」
相手を気遣う紳士的な態度だが、警戒心の強い動物のようにおじいちゃんはアキチカの後ろから出てこない。
アキチカはそろそろ立ちたいんだけど子泣きジジイがしがみついているから立てないな~と、迷惑そうな瞳を肩越しに向ける。
「……」
フードの人物は手を引っ込め、どうしたもんかと頭を掻く。
「やっぱあたしじゃ駄目か。過労死させてでも旦那を連れてくるべきだったか?」
「それは……。ベゴール様が気の毒すぎるのでは……」
眠くなってきたのか、アキチカがキミカゲの首根っこを掴んで立ち上がる。
「キミカゲさんたら怖がりなんだから。しょうがないから送ってあげるよ、この私が! 感謝してよね」
「え? う、うん?」
キミカゲを猫みたいに持ったまま、外へと歩いていく。それにワイズもフードの人物も続き、残されたのは維持隊だけとなった。
「……疲れた」
隊長はぱたっと倒れ込む。だがその瞳の炎は消えてはいなかった。
――この恨み忘れませんよキミカゲ様!
でも、精神疲労が限界値なので、しばらくはちょっかいをかけないであげましょう、という心地なのだった。
おじいちゃんはくすりばこに戻るなり眠ってしまう。
アキチカはため息をつきながら、以前よりはマシだが散らかっている室内へ足を踏み入れる。踏めば飛び上がりそうな硬い木の実まで、平気で転がっていることに辟易する。埃ひとつない我が家を見習ってほしい。
「体力ないなー。おじいちゃんは」
「とんでもない高齢なのですから、そうおっしゃらず」
「ほああ……。神使様だ」
くすりばこの前で待機していたベゴールの部下――くるんくるんの栗毛の少年――が布団を敷いている間、アキチカは木の椅子に腰かける。……椅子ではなく炎樹の机なのだが、謎の葉っぱで散らかっている床に座りたくなかった。
フードの人物は、ベゴールの部下の顔を見るなり帰ってしまった。いや、帰ってくれて何よりなのだが(おじいちゃん家にある一番高価な)お茶くらい飲んで行けばいいのに。
街人が届けてくれたのか、なくしたという白衣がくすりばこの扉にかけてあった。世界広しといえど、失くしたものが戻ってくるのはおそらくこの街だけだろう。ナカレンツアたちに没収された荷物もほぼ取り戻すことが出来た。が、割れた眼鏡を直す術がなく、仕方ないのでアキチカたちは眼鏡の残骸を持って帰った。
自分の足にもたれて寝息を立てるおじいちゃんを見下ろし、先ほどより大きなため息を吐く。
「硝子(ガラス)じゃ駄目なのかな? 眼鏡って」
眼鏡を拾おうとしたら「素手で触らないでください」とワイズに叱られた。あんな大声出せるんだね。欠片ひとつ残さず、ワイズが丁寧に布でくるんでいた。
『ワイズって、キミカゲさんには気を遣うよねー?』
『まるで私が他の者には気を遣わないような口ぶり』
『遣うの?』
『……キミカゲ様はアキチカ様の大切なヒトのおひとり、でしょう? 大切なヒトの大切なヒトを、大切に扱っているだけですよ』
こっち見て喋れよ。あと誰が誰の大切なヒトだって?
ワイズとはたくさん話し合ってきたが、もっと話し合う(言い聞かせる)必要がありそうだ。
きりっと表情を引き締めていると、ワイズが顔を出す。
「布団の用意が出来ました。お待たせいたしました」
「ねえ、キミカゲさんは一応傷一つなかったけど、さ」
「はい?」
「オキンさんは怒って、ないよね……?」
あのヒト、通常攻撃で村ひとつ吹き飛ばすから怖いんだけど。試したことは無いけど、加護バリアや結界も普通に貫通しそうなんだよね、オキンさんのブレス。
ワイズは腕を組んで考える素振りを見せ、すぐに組んだ腕を解いた。
「死ぬときは恐らく紅葉街のヒトと一緒でしょうから、寂しくないですよ」
「……」
何のフォローにもならないことを言う従者に、頭を抱えたくなった。いやまあ、仕方ないんだけどね。怒った竜族を止められる生物などいないし。災害みたいなものだ。
アキチカはふうと息をつく。
「ほら、おじいちゃんを運んであげてよー」
だるそうに命じると、すぐさまベゴールの部下の少年がすっ飛んでくる。
「はっ。ただちに」
この子に言ったわけじゃないんだけど。でも、おじいちゃんを持ってってくれるのは助かるので何も言わなかった。まだまだ黒羽織に「着られている」感がぬぐえない少年は、えっちらおっちらと運んだおじいちゃんを布団に寝かせる。
キミカゲの顔は汗や砂埃で汚れている。このままでは気の毒だと、少年は懐から手ぬぐいを引っ張り出す。
(お顔を拭いてあげなくては)
「失礼いたします」
水を汲みに行った少年を見もせずワイズはすっと主の手を取ると、そのまま立たせる。
「なんで立たせるの?」
「そこ……机です」
「……」
分かってんだよ。こんな森の中みたいな床に座りたくなかったんだよ。
と、言う前に欠伸が割り込んできた。
「ふあぁ~あ」
「さ。そろそろお屋敷へ戻りましょう。あとのことは彼に任せておけばいいでしょう」
桶を手に戻ってきた少年がぺこりと頭を下げる。アキチカは眠そうに目を擦る。
「うん。任せた」
――任されました。
「かっこいい……。神使しゃま……」
言うべき言葉を思いっきり間違えているくるんくるんの栗毛に、ちょっと心配になった。
だが背を向ける。
(まあいいや)
(いいんですか?)
こんな部屋に長居してられっかと、アキチカはさっさと部屋を出て行く。
くすりばこを出て夜道をふたりで歩く。遠くで酔っ払いの声と、足元で秋の虫が鳴いている以外は静かだ。毎年聴こえる秋の虫たちによる演奏会。涼しい季節が近づいてきたという喜びに浸りたいので、日中ももう少し気温下がってほしい。
またもやどっから出したのか、ワイズが折り畳み提灯をぼっと広げる。
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