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第47話 本人が目の前にいても言いたいことは言う

「おい! なにをしている」  数人の部下を引きつれ、灰色鼠族の隊長が入室してきた。 「侵入者がいると聞いたぞ。そいつをさっさと見つけだし――ひああっ?」  神使ともろに目が合ったナカレンツアは、台所でGと遭遇したような悲痛な声を上げた。激しく後退ったため背後にいた部下に思い切りぶつかる。 「ひいっ。神使様」 「何故こちらに……」  部下も似たようなリアクションだった。  目の前の光景が受け入れられずに目を擦ったり眉間を揉んだりしていたナカレンツアだが、やがてアキチカ(を指差すのは不敬なので)の隣の何もない空間を指差す。 「な、なぜ貴様――神使様がここにっ?」  キミカゲさんの背中なんか摩ってないんだからね、という表情でアキチカはゆるりと立ち上がる。……右腕におじいちゃんを抱えたまま。 「君は――」  神使の腕の中のキミカゲを見て、ナカレンツアが声を上げアキチカの言葉を遮ってしまう。 「! そ、その薬師を助けに来られたのですかな? いくら神使様といえ例外など認められませんよ」  ワイズハートは平手で隊長を張り倒した。 「はがっ?」  ゆるやかな動きなのに誰一人反応できなかった。どしゃあと倒れ込む隊長に部下たちがざわめく。鍵役は部屋の隅にて死を覚悟した顔で正座した。 「た、隊長!」 「ワイズハート様。なにをっ」  隊長を殴った右手を手ぬぐいで拭き、懐へ仕舞う。 「誰の許可を得て、我が主の声を遮っているのです? ひとまず四回死になさい」  どこに仕込んでいたのか。刀を引く抜く従者に、訓練を積んでいるはずの維持隊がもれなく震え出す。  ワイズハートは刀を横に振るう。――いや、常人の目ではただ刀を一閃しただけにしか映らなかっただけだ。アキチカとキミカゲを除くこの場にいる者の頭髪が、散った。 「「「はああああっ??!?」」」  無残に宙を舞う髪に、ナカレンツアと部下は悲しげに悲鳴を上げる。  惨敗した球児のように相棒(髪)をかき集める者どもを、獣面が見下ろし冷徹に告げる。 「あと三回。一片の慈悲をもって、四肢の一本は残してあげましょう」  慈悲を見いだせない死刑に等しい宣告だが、ナカレンツアたちに成す術はない。  動きを見ることさえできず髪を切られたということは、一息あればここにいる維持隊を両断出来るということだ。あまりの力量差に部下の半数は自分の武器を手に取ることすら放棄する。  仔兎のように震え、観念したナカレンツアたちにワイズハートは刀を構えて腰を落とす。  その肩にアキチカがポンと手を乗せた。  律儀に刀を仕舞ってから、従者は振り返る。 「少々お待ちください。いま、この者たちを達磨一歩手前にしますので」 「すんな。いやいやもう、ちょっと声遮っただけでやりすぎでしょうが! 慧徒(けいと)のゴールグースだってここまでしないよ? 可哀そうでしょあんなつるりんになっちゃって」  止めてくれるアキチカに期待の眼差しが集まる。 「「「アキチカ様……」」」  表情は見えないがワイズハートは不思議そうに首を傾げた。 「いえ? 別にゴールグースの仕事として頭髪を切ったわけでは、ないのですよ?」 「は? どういう意味?」  ワイズハートは首を動かし、腰を抜かしている隊長たちを見下ろす。 「私が愛してやまない声を遮った罰です。それではさようなら」  刀を抜いてすたすたと斬りに行こうとする従者の、紺色の腰ひもを掴んで阻止する。 「そーいや君、僕の声大好きだったね。いやあ照れるなーそんな理由で刀を抜くな馬鹿野郎。おい、止まれって。ストップ! ハウス! こらっ」  こいつのせいでアキチカの屋敷が昼間でも廃墟の如く静まり返っているのだ。ろくに私語も楽しめずに使天たちは息苦しそうだが、アキチカ自身静寂は好きなので知らんぷりしている。  二メートルはある巨人を片腕で封じる腕力は流石だが、その気になれば簡単に払い除けることは出来る。しかし、主の命を必ず聞くと謳っている手前、ワイズハートはしぶしぶ刀を収めた。「主命の遵守」。これが顔も名前も晒せない不審者がゴールグースになるための条件である。まあ当然、これで家柄まで不明ならいくら腕が立とうとも「ちょっと……」と、審査で弾かれてしまうのだが。  ワイズハートは腰を折る。 「出過ぎた真似でした」 (不服そうなオーラが出てる)  表情は見えないが面の下はさぞ面白いことになっているのだろう。見てみたいがアキチカの運動神経では面に触ることすらできない。めっちゃ避けるからねこの従者。 「ちゃんと言うこと聞いて……偉いね。ワイズ君」  弱々しい声が聞こえたと思ったらキミカゲが目を覚ましていた。ものすごく眠そうだが二度寝している場合ではないと、気合いで目を開けているのが伝わってくる。  それはそれとして、アキチカは前触れもなく手をぱっと離した。 「ぅひゃあっ?」  床に落ちかけたご老体を寸前で受け止めるワイズハート。素晴らしい反応速度だ。  身を縮こませて固まるキミカゲを見てホッと一息。 「主よ。照れくさいのは分かりますが、もっと労わって差し上げねば」  大事そうに抱いていた事実を認めたくないのか、高速で手を振る。 「はああっ? 照れくさいって何がぁ? 僕知らない!」  ふんっと顔を背けるアキチカに、子どもっぽいなぁとキミカゲは目を細め、ワイズハートこの方おいくつでしたっけ……と見なかったことにした。  ワイズハートはキミカゲを主にパスし、禿げたナカレンツアに歩み寄る。  アキチカは目を丸くして、腕の中のものと従者を交互に見る。 「ちょっと! この僕に荷物(キミカゲ)持たせるって、どういうこと?」 「主……。一人称がまた」  ハッとしたアキチカは言いなおす。 「この私に荷物持たせるってどういうこと?」 「重かったらその辺に置いておけばよいでしょう。扱いを誤れば竜が特攻してくる人物をいつまでも担いでいられるほど、私の心臓は強くないので」 「……んむ」  言い返す言葉が見つからず、むすっと頬を膨らませ従者の背中を見つめる。  ワイズハートは隊長の前で膝をついた。びくっと彼の肩が跳ねる。 「失礼。そこの、達磨になりそこなった御仁よ」 「なか……ナカレンツアです」 「ナカレンツア様。話を聞いた限り、キミカゲ様はここに放り込まれるほどのことは、していないと思うのですが? どのような意図があったので?」 「いえ……その。あの……」  しどろもどろになり目を泳がせる。キミカゲを前にしていたときの威勢は、数日放置された風船のようにしぼんでいた。  そこに、口を挟んだのはアキチカだ。 「あーん? 街壊したんでしょ? 防衛のためだったとはいえ。なら、当分はここにぶち込んでおくべきだよ!」  きちんと説明を覚えてくれていたことに目頭が熱くなる。いま、ふっと思い出しただけかも知れないが。 「よし! ほら、今すぐ放り込もう! そうしよう」  ハキハキ言うアキチカにキミカゲと従者は白目を剥きそうになる。これでしばらく苦い薬とはおさらばだぜ、と笑顔が物語っておられる。確かに苦いでしょうけど、それがなくなって困るのは主ですよ。 「しかし。それでは今後、正当防衛をした者も枯葉五葉(ここ)にぶち込まれることになりましょう。変な前例は作るべきではないかと」 「くそっ! キミカゲさんのばかっ」  さっきから本人を前に言いたいことを遠慮しない神使だが、ついに負けを認めたように膝をついた。 「それで、よろしいでしょうか? ナカレンツア様」 「……はい」  人生に疲れたように床に両手をつく隊長は、おそるおそるキミカゲに目をやる。 「あの、キミカゲ様」 「なんだい?」 「育毛剤を、作ってください……」  ワイズハート的には男っぷりがあがった気がして良いと思うのだが、部下の中には涙を流している者もいる。  キミカゲは困った子を見るように微笑む。 「うん。いいよ」  話は纏まったと思ったのか、ワイズハートはナカレンツア……ではなく、その後ろにいた人物に目を向ける。 「というわけでして。キミカゲ様はそちらで引き取ってくださいませ」  全員が「誰に喋ってんだ?」という顔でその方向に首を動かす。  その人物はナカレンツアの部下たちの最後尾に堂々と立っていた。

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