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第46話 可愛い以外の言葉が出ない
「土露芋と粒あんは食べられそうか? 無理なら食べてやるぞ?」
「やったあ」
頼んでおいたかいがあった、と言わんばかりの表情でフリーは器を差し出してくる。
小さな身体によく入るものだ。相手の分も引き受けたニケだが、食べ終わるのはフリーと同時だった。
「ごちそうさま~。ああ、おいしかった」
座椅子を使っていない――フォーク状の背もたれが身体に合わなかった――フリーは、その場でごろんと仰向けになる。元気が出たようで何よりだ。フリーの近くに行き、顔を覗き込む。
「食ってすぐに横になると九天九天(まん丸な神獣)になるぞ」
「視界が天井ではなくニケで埋まっている……。これが、幸せ?」
「僕は真面目に言っているんだ」
「ふぁい。ぼへんなはい(ごめんなさい)」
きゅうと鼻を摘ままれた。鼻を摩りながらフリーは急いで起き上がる。
「食後すぐ寝ると神獣になるってどういう? もしかしてあの道塞いでいた神獣って、食後すぐ寝ちゃったひとの成れの果てってこと?」
神獣=ヒトの成れ果て⁉ と青ざめるフリーに、このまま勘違いさせておいたら面白いかなと一瞬思う。
「そうじゃなくて。九天ボディみたいになるぞと怖がらせ、完全に眠らせないように……まあ、子どものしつけで言われるあれだ。夜眠らないと幽霊が来るぞ的な」
無意識でニケ頬をぷいぷいとつつく。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「食後は動かず、一休みを推奨する。座っているだけで休息になるから座っとけ」
「はーい」
頬を突いてくる指を捕まえ、指先を唇ではさむ。
「お前さんの指は銜えやすい大きさだな」
「え? えへへ。ニケが気に入ってくれたんならなにより……」
逃がさないように力を強め、真っすぐにフリーを見上げる。
「指を斬り落とす事態になったら、魔九来来(ちから)の底上げ用として使ってやるからな」
「なんで怖いこと言うの?」
食事で上がった体温が急降下した。手を引っこ抜こうとしたが、ニケの怪力の前には不発に終わる。ニケが愛用しているあの骨、誰かの指の骨だったのか。知りたくなかった。
落ち込むフリーなどお構いなしに膝の上に尻を乗せると、無心でフリーの指をちゅうちゅうと吸う。可愛い以外の言葉が出てこない。どうして俺の魔九来来(まくらら)は時間を止められないのだろうか。
「ニケさん……。たまに俺の手を舐めたり口にいれたりしているけど、それって赤犬的になにか意味があるの?」
「単に齧っていると落ち着くだけだ。だから黙って指外してよこせ」
ちゅうちゅう。
「……」
俺なら切断された指を「はい」って渡されたら逃げるけど、ニケは、赤犬族は平気なんかな……。
フリーは考えるのを止め、可愛い音を聞きながらそっと外を眺める。
指先はべっとべとになった。
♦
「「「……ほあっ?」」」
場違いにも程がある神のLIVEカメラの登場に、ナッツの部下三人は絶句する。
「キミカゲさ~ん」
何やら上機嫌だ。神使がスキップで近づいた分だけ、部下三名は遠くに猛ダッシュする。五つの牢へつながる扉の後ろに隠れ汗だくの顔だけ出して見守る。
「……アキ、チカ?」
「なんでここに?」と言いたげに起き上がると、入り口で角をぶつけないように滑り込んできた神使が抱きついてくる。おや、珍しい。この子が私に近寄ってくるなんて。私を見るなり便所掃除を押しつけられた、みたいな顔をしてじりじりと遠ざかるのが常なのに。もしかして私の身を案じて来てくれたのか。そう思うとこの子にも可愛げが……。でも不用意に触れないでお願い。
「で? なにしたんですか? キミカゲさん! 誘拐? 誘拐ですか? それとも幼児拉致? 監禁? うわ、最低。ほらほら、なにしたんですか。白状なさいよ。スッキリしますよ」
紫瞳に星を瞬かせ肩を掴んで揺さぶってくる。ちょ、タンマタンマ。腰逝ってるから今。
「……主」
遅れて、獣の面をつけた従者が入ってくる。その後ろで鍵役が「でか……」とワイズハートを見上げて震えている。
「いやーしかし。キミカゲさんが犯罪とか。このアキチカの目をもっても予想出来なかったね。明日の天気は槍かね?」
顎に指をかけ、うんうんと頷いている。
「それで十歳未満の子を何人お持ち帰りしたんです? 未来永劫面白可笑しく語り継いで……じゃなくて、一緒に謝りに行ってあげますから教えてくださいよ」
きゃっきゃはしゃぐアキチカから従者に視線を動かすと、「主の暴走を止められなくてすいません……」と頭痛そうに額を押さえていた。
目の前に垂れてくる白緑の髪を邪魔そうに払う。
「……あのねぇ、私は誘拐なんかしたくなったことはあるけど、やったことはないよ。というか、なぜ罪状を『誘拐』と決めつけているんだい?」
やりたくなったことはあるんだ、と従者は薬師を睨む。
「ん? キミカゲさんが何かやらかすとしたら、誘拐しかないでしょ?」
星霊など全部忘れている青年に、ワイズハートは「きちんと説明したのになぁ……」と項垂れた。
アキチカは人差し指を立てる。
「寂しがり屋のクセに従業員を雇わないことが不思議だったんだよね。それって誘拐しても従業員という目撃者がいると邪魔だったんでしょ? ……おっと」
失礼な推理をするアキチカの顔を見て気が緩んだのか、その胸に倒れこむ。
「キミカゲさん? 死んだ?」
のんびり背中を摩るも返事はない。
主が合掌する前に、ワイズハートはすささっと足早に近寄り顔を覗き込む。
「いえ……。気絶なされただけ、ですね」
「チッ」
「神使が舌打ちなど、するんじゃありません……」
やけに薄着なキミカゲの肩に、ワイズハートが屋敷を出る前に持ってきた羽織をかけてやる。太陽の剣が描かれた、ゴールグース(神の剣)に与えられる特別な羽織。気軽に掛け布団にしてよい代物ではないのだが、アキチカが無事ならそれ以外は些末なこと、が基本スタイルの彼にとっては別におかしくない使い方である。
「身体検査中に寝落ちとは、流石キミカゲ様ですね。……それとも、それだけ酷い検査をされた、ということですかな? どうなのです? 係でもないのにこの部屋にいたそこの三人」
面の奥の瞳が、隠れている部下たちを映す。睨まれたわけでもないのに青ざめる三人を、庇ったのはアキチカだった。
神使はからからと笑う。
「いやいや。おじいちゃんが体力無いだけでしょ。君たちは普通に仕事していたんだよね? ね?」
……全然庇われていなかった。いや、アキチカは純度百で言ったのだろうが、彼の目の奥にいる強大な存在に、嘘はつけない。
部下三人は互いに顔を見合わせる。
(一瞬で俺らが尋問される側になっただと? おい! どうする?)
(そんな……ど、どうするったって。初めから真面目に仕事するつもりはなく、キミカゲ様の身体で鬱憤晴らししてましたー、なんて言えねえだろ!)
(そうだよなあ。こ、ここは隊長の指示でやりましたと、なすりつけるしかない!)
(で、でもそれだと、あとで何されるか……)
円陣を組んでひそひそと話し合う三人にこれは時間かかりそうだなと呆れ、鍵役の方へ視線を向ける。小型の黒小僧(魔物)ほどある背丈の人物に見つめられ、鍵役はぴしっと気をつけの姿勢になる。
「この三人はなんのためにここにいたんですか? キミカゲ様が暴れないように見張るにしても、男三人もいらんでしょう?」
「俺……いえ、私の仕事を代わりにやって、く、くくくれていました」
獣の面がわずかに傾く。
「……? 代わりに? 代わりにやらせるなど、貴方はなんのための存在なのです?」
この身長と肩書のせいでいつも怯えられるため怖がらせないように気を遣って優しい声を出すも、効果がなかったのか鍵役(そもそも身体検査係ではない)は小刻みに震え出す。
「あ……あ……。わ、私には妻子が。ど、どうか命だけは……」
「いえ……あの」
従者は面の下で困った表情になる。
神使を傷つけようとする者は問答無用で首を刎ねるが、それ以外でヒトを処刑できる権限など持っていないのだが……。まあ、神という超常の存在に怖がるなと言う方が無理だろう。神を恐れない生き物など、竜か鬼か星影かどっかの薬師くらいか。……割といるな。
あまり見つめていると気絶しそうな顔色の鍵役から顔を背け、まだ座り込んだままの主をそっと見遣る。
(主よ……)
誰にも見られていないと思っているのか、キミカゲの背を甲斐甲斐しく摩り続けている。嫌いな相手とはいえやはり人肌恋しさはあるようだ。久しぶりに触れる生物の温かさを忘れまいとするように、両腕で抱きしめていた。
もちろん自分は出来る従者なので間違っても「視聴率百ですよ」などは言わない。
ここは身体検査をするだけの場で、汗やら何やらが染み込んだくさい部屋であるのに、滝の近くにいるような清浄な空気にどんどん上書きされていく。これが神使パワーなのだろうか。三人は話し合いも忘れて紫枝鹿族の青年に目を奪われている。
外に置いてあるかがり火頼りの暗い部屋にあって、神使はうっすら光を放っている気さえする。
部下はふるふると頭を振る。
(……って、見つめている場合じゃねえ! どうすんだ。まさか神使様が出てくるなんて)
(お、落ち着け! 落ち着いて遺書を書く準備をするんだ)
(お前が落ち着け。おい! お前も何か案を出せよ)
ぼうっとしているひとりの肩を叩くも彼はこちらを見もしない。それどころか頬を染め、熱っぽい息を吐く。
(神使様……素敵……)
腹立つので殴り倒して、残った二名がすごすごとアキチカの前へと出て行く。
「あ、あの」
「じ、実は」
自然な動作でアキチカの横に立つ従者に気づかず、二人が白状しかけたときだった。
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