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第57話 説得
「ま、まあ。これを請求しちゃうと維持隊解体とかになりかねないし……」
財政難に追い打ちをかけるのは可哀想だ。
フリーがむくっと起き上がる。
「それで迫ってるメリケンってなんですか?」
全員が「?」となったが、ホクトは思い出したように手を叩く。
「そうそう。メリネっす」
「女性の……。あ、彼女さんの名前、ですか?」
「違うっすよ。それに彼女はいませんよ、今は」
「今は」
ニケは自分の椅子(フリー)の上に移動した。
モテ男オーラを感知したリーンから表情が消える。
私の膝に座ってていいのに……と、キミカゲがめっちゃこちらを見てくる。
「メリネは台風の名前っすよ」
野分の月の初めに来る大型台風「メリネ」。風が強いのが特徴で、去る頃にはよく家屋の天井がなくなっている。死者も出て被害も馬鹿にならないが、残暑を吹き飛ばしてくれる。
この一番台風が過ぎると秋が来ると言われていた。故に「メリネ(秋を導く者)」と呼ばれる。
「え? 暑さがなくなるの?」
これに目を輝かせたのはフリーだ。ニケを掲げて部屋の中をスキップで回っている。
「二年前のメリネで俺の家吹き飛んだからなクソが……」
「そうだねぇ。くすりばこも屋根と壁なくなったよ」
「二年前は特に風が強かったっすからね」
誰も喜んでいなかったがフリーはキミカゲの隣に座る。
「じゃあ、このくすりばこは二代目なんですか?」
「んー? 四代目かな? 数年に一度は吹き飛ぶから、毎年建て直すのが億劫で、雑になってきちゃって」
「だからこんなほったて小屋みたいなんですね」
胸を押さえて倒れるキミカゲの肩をぽんぽんとホクトが同情気味に叩く。フリーの頬をニケとリーンが「言葉選べよ」と言って伸ばしていた。
白い頬を摘まんだまま、ホクトに視線を向ける。
「そのメリネはいつ頃来るんですか?」
「三日後にはもう風で避難が難しい状況になっているっすよ。なので、キミカゲ様。ボスの屋敷に、まあいつものことでしょうけど、避難してくださいっす」
「君たち、毎年言いにきてくれてありがとうね」
去年まではリラという娘が言いに来てくれたんだけど。会えなくなってちょっと寂しいな。
「お気になさらず。では」
ホクトはそれを告げると帰っていった。
リーンは「いひゃい、いひゃい」とうるさい頬から手を離す。
「キミカゲ様は、やはりと言いますか。オキンさんのとこに避難しているんですね?」
「うん。台風が過ぎるまで一窒借りて、そこに置かせてもらっているよ」
荷物は今日の夜までにまとめておけば、誰かが運んでくれる。感謝感謝だよ。
ニケは「そろそろほっぺもげそう」とうるさい頬から手を離さない。
「羽梨(はねなし)神社には行かないんですか?」
キミカゲは苦笑しながら、頬を掴んでいるニケの手をそっと剥がす。
「祭りの時以上にヒトでごった返すし。少しでもスペースを空けてあげようと思って」
怪我人も出るだろうし、できればそっちにいたいのだが、毎回オキンに引きずっていかれるからもう素直にオキン邸に行くことにしている。
フリーは赤くなった頬を摩る。
「俺たちは、どうすれば……?」
「ん? 一緒にオキンのところへ行こうよ」
キミカゲは「ね? ね?」と子どもたちの顔を見る。
真っ先に反対したのはリーンだ。
「俺は羽梨に行きますよ。ドールさんを守らないと!」
目が燃えている。
ニケは怯えたように両手の指を絡める。オキンに会った時のことを思い出すだけで身がすくむ。
「僕も……。竜の屋敷はちょっと怖いです」
ぜひリーンもつれていきたいキミカゲは、華奢な肩に手を乗せる。
「そうかい? オキンの子(分)たちのなかには情報収集能力が高い子がいるよ。協力してもらえれば光輪は早く見つかると思うけど……」
リーンはうっと言葉に詰まる。
「で、でも。オキンさんとはいえ、野郎の下について命令を聞かなけりゃいけない状況に、精神が持つかどうか」
絞り出すような声音にトドメを刺す。
「無理にとは言わないさ。でも、目的を成し遂げるためには、嫌なことも許容しなきゃいけないんじゃないかい?」
「ぐ、ぐぐっ……!」
ニケの説得をしているのはフリーだ。ニケの手をやわらかく握ってゆらゆらと上下に揺らす。
「オキンさんて、そんなに怖いの? 俺が絶対そばにいるよ?」
「むう……。でも怖いし。またお前さんの着物の中に入っておくぞ?」
「むしろずっと入っていていいよ?」
リーンはまだ迷っている様子だったが、時間が無いので一同は慌てて荷物を纏め始める。
「ていうか、こういうことはもっと前もって教えておいてくださいよ」
布団や枕も持っていくべきなのかとわたわたしているフリーに、キミカゲはぺろっと舌を出す。
「ごめん。忘れてた」
「翁……」
その後。開店するなり台風の間の薬を求めて患者さんがどっと押し寄せてきた。何事? とフリーとリーンが目を丸くする。
「やべー。この時用に薬纏めとくのも忘れてたわ」
「翁ァ……」
仕事行くまでの間、リーンも手伝ってくれた。
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