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結婚1
それからは、アルコールが入るとキスをすることも増えた。
悠はそれに対して嫌がることもないし、なにか言うこともない。
それは俺とキスをすることが嫌ではないということだろう。
だけど悠からキスをしてくれることはない。
それがほんの少し悲しいけれど、付き合ってもいないのだから逃げられないだけマシなのかもしれない。
それは悠も俺に対して少しはキスしたいと思ってくれているのだろうか。
元々俺の外見は好みだと言ってくれるし、俺がゲイだったらと言っているのはあながち嘘ではないのだろう。
でもそんな悠に対して、付き合ってもいないのにキスをするのはずるいのではないかという思いがなくもない。
けれど、どうしても性別の壁は俺には高いのだ。
今まで異性愛者として生きてきたし、これからもそうだろうと思う。
別にゲイを差別することはない。だから悠からゲイだと聞いたときも態度は変えなかった。
でも、それと自分が同性愛者として生きていくのは違うと思う。
悠が俺にゲイであることを告げたとき、差別されるかと思ったとホッとした様子で言っていたのは覚えている。
それはつまりゲイであることを告げて、それで友人関係が途切れてしまうことがあったのだろう。
確かにそうだろうと思う。
昔よりもゲイフレンドリーになったとはいえ、それでもまだまだ差別する人が多いのが現状だ。
そんな中でゲイとして生きていく覚悟は俺にはできない。
これが恋愛対象が完全に男なのなら話は別だが、俺の恋愛対象は女だ。
それは悠のことを可愛いと思っても、恋愛対象が変わったわけではなく悠が特別なだけだ。
だからゲイとして生きていく覚悟はできないのだ。
いや、そもそもゲイではないのだから。
「ちょっと〜なに考えてるの? 私とデートしてるってわかってる?」
唯奈の言葉で我に返る。そうだ。唯奈とデートの最中だった。
唯奈は向かいの席でむくれた顔をして俺のことを見ている。
映画を観終わってカフェで話している最中に彼氏が上の空じゃ怒るのも無理はないだろう。
「ごめん。ちょっと仕事のこと考えてた」
「ほんと? 最近金曜の夜は呑みに行くって言って会えないし。他に女がいるんじゃないでしょうね」
「いないよ。呑みに行くのは友達と」
友達。
自分で発したその言葉に悲しくなる。
そうだ。悠とは付き合っていない。友人であることに間違いはない。
「ほんと? 浮気したら許さないんだから」
「浮気なんてしてないよ」
「ねぇ。そしたらそろそろ結婚したっていいんじゃない?」
唯奈は、友人の結婚式に出席してからことあるごとに結婚を口にするようになった。
それに対して俺は首を縦には振れないでいた。
それどころか、結婚という言葉を聞く度に悠のことが頭に浮かぶ。
さっきも「結婚」という単語で悠のことを考えてしまったのだ。
悠が女だったらどうだろう。
結婚しよう、と言われたら即答しているだろう。いや、自分からプロポーズしているだろう。
だけど残念ながら悠は男だ。結婚することはできない。
「まだ結婚は早いだろ」
「早いって言うけど、友達は同じ歳だけど結婚したのよ?」
「俺はまだ20代だよ」
「28でしょ。もう結婚している人いるじゃない」
「付き合ってまだ2年だし、まだ早いと思う」
「じゃあ何年付き合ったらいいのよ。のらりくらり逃げてるだけじゃない」
逃げてるだけ、か。
確かにそうかもしれない。
だけど、唯奈と結婚したいという何かが俺の中にはなかった。
それどころか、結婚という単語で悠のことを考えてしまう始末だ。
これじゃあダメだよな。
では、悠と出会っていなければ唯奈の言葉に首を縦に振っていたかと考える。
恐らく振っていた。
でも、いくら悠のことを特別だと思っていたって友人でしかない。将来結婚できるわけではないんだ。
そう考えると28歳というのは確かに結婚してもおかしくはない。
だけど、どうしても踏み切れない。
「唯奈が嫌なわけじゃないんだよ。でも、今お前焦ってるだろ。結婚って焦ってするものじゃないんじゃないか?」
「確かにそうだけど……」
「少し考えさせてよ」
「いいけど……」
唯奈はまだむくれているけれど、一応納得はしてくれたようだった。
少し考えたら唯奈と結婚しようと思えるのだろうか。
俺の中で悠が特別でいる限り無理なんじゃないか。
そう思うけれど、唯奈のことと悠のことをわけて考えられないうちは結婚はできないような気がした。
いや、わけて考えられる日が来るのかはわからないけれど。
でも、少なくとも今はまだ無理だ。今はまだ……。
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