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忘れられない3
翌日は省吾さんとデートの約束だった。
今日は港町の異人館通りへ行ってお昼は中華街で飲茶をする予定だった。
待ち合わせは異人館通りの最寄り駅。
お互いの家は遠いのでデートのときはいつもこうやって出かける先の最寄り駅で待ち合わせをする。
そして毎回省吾さんは時間より早く来ているので、自然と俺も早く行くようにしている。
今日も俺は10分前には待ち合わせ場所に着くように家を出て、待ち合わせの駅の改札を出ようとしたところで後ろから名前を呼ばれた。
「悠くん」
振り向くと省吾さんだった。
どうやら同じ電車で来たようだ。
「行こうか」
「あ、はい」
駅からすぐ行ったところから坂を登っていく。結構厳しい坂だ。運動不足でちょっとこたえる。
「結構キツいね」
「そうですね。仕事をするようになってから運動不足だから結構キツいです」
「ほんとだ。ジムにでも通おうかな」
そんなことを話しながら坂を登り、登りつめたところは左手に小さな公園を見て、右手側へと進む。
景色の綺麗な公園は左手へ進んで行った突き当たりになるけれど、今日はイタリア山庭園を見てから行くことになっていた。
昔、イタリア領事館だったその建物は立派な洋館で、その前にはまるで迷路みたいな庭園が広がっている。
緑豊かで癒される景色だ。
「普段はビルばかり見ているから、たまにこんな緑豊かな庭園を見ると癒やされるね」
「そうですね。こんなところが近くにあればいいけど、どこに行ってもビルばかりですもんね」
「ほんとにね。こんなところに住んでみたいけど、仕事に行くのは少し遠いね」
うちから乗り換えをして1時間半ほどかかっている。
俺の職場からだと2時間近くかかるだろう。毎日片道2時間の通勤は疲れそうだ。
そんな話しをしながら庭園をゆっくりと見て周り、イタリア山庭園を後にし様々な洋館を見ながら港が見える公園へと歩いて行く。
みんな港の景色を見ることで一杯になって展望台の方へとすぐ行くけれど、ほんとはローズガーデンがあってイタリア山庭園とは違った意味で癒やされる。
省吾さんとはローズガーデンも堪能する。
そういえば、薔薇って色や本数によって花言葉が変わると聞いたことがある。有名なのは108本の薔薇の花言葉が結婚してください、の意味だということだ。
会社の女の子がプロポーズはそんな薔薇と一緒にして欲しいと言っていたので覚えている。
女の子だったらきっとこんなローズガーデンもいいのかもしれないが、俺たち以外のカップルはローズガーデンでは姿を見かけることはない。
このローズガーデンの存在を知らないのかもしれない。
ここは昔フランス領事館があったために、この山はフランス山と呼ばれている。
「薔薇も綺麗だね」
「そうですね。5月の時期だともっと綺麗でしょうね」
「そうだね。さて俺たちも展望台へと行こうか」
そう言ってローズガーデンを離れ展望台へと行く。この公園の目玉だ。
展望台はカップルで一杯だった。
恋人と来たらいいんだろうな。夜ならもっとロマンティックでいいだろう。
と考えて、そうだ省吾さんは一応恋人だったと思い出した。
正直まだそういう実感がない。まだ1ヶ月だからだろうか。
でも、省吾さんには申し訳ないけれど立樹とこんなところに来れたらな、と考えてしまう。
そんな考えが頭をよぎり、慌てて頭を振る。省吾さんといるときに失礼だ。
そう考えるのに、そう思えば思うほど立樹とこんなデートをしてみたいと思ってしまう。
なにを考えているんだ。立樹は俺のものではない。可愛い奥さんのいる妻帯者だ。俺とデートするような仲ではない。
それなのに考えるのは立樹のことばかりだった。
そして思った。
省吾さんはいい人だ。だけど、好きになることはできない。少なくとも今は無理だ。
今はまだ俺の中には立樹がいて、立樹のことしか考えられない。
省吾さんのことを好きになれたら。そう思ってデートをしてきた。でも、俺の心は全然変わらない。
省吾さんのことはいい人だとは思う。でも、それ以上の感情を持つことはできない。
このまま関係を続けるのは省吾さんに失礼だ。早めに断ろう。ごめんなさいと言おう。
俺の中の立樹は、そう簡単に消えるものではないらしい。昨日会ったばかりだからだろうか。しかもキスまでして。
そこまで考えてキスの意味を考えてしまって慌てる。今はデート中なんだ。立樹のことを考えるのは後だ後。
今はデートのことだけ考えよう。そして、言おう。これ以上お付き合いできないと。
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