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一番大切な人4
誰が襲ったのかわかってるという悠に相手が誰なのかを訊くと、1ヶ月付き合った人だと言う。
俺が紹介しろと言った人だ。
別れたと聞いたのは一週間前だった。
なんで別れたのかは聞いていない。恐らく合わないと思ったからだろうと推測はしている。
でも、どんな理由であれフラれた相手を襲うなんておかしい。
それなのに悠は警察には行かないと言っている。
俺としては、庇うなんて言語道断だと思うが、悠にとっては違うらしい。
悠が襲われた恐怖、相手を庇う悠への苛立ち。そんな気持ちで俺の感情はぐちゃぐちゃで、涙が出てくるのを止められなかった。
消毒を終えて絆創膏を貼る。
「立樹……」
泣いているのを見られてしまった。
泣き顔を見られるのは恥ずかしいけど、涙を止めることはできなかった。
「フラれた腹いせに襲うなんてあり得ないんだよ。でも、病院にも警察にも行く気はないんだろ」
「うん。ごめんね泣かせて」
「謝るなら病院にでも行ってくれ」
「それはしない。だってさ、好きになれるかもしれないと思って付き合ったけど、ダメだと思って別れたんだよ。俺が悪いじゃん」
「悠。そんなところで優しさ見せるんじゃないよ」
「かもしれないけど。優しい人だったんだ。ほんとに。だから好きになれたら良かったのに、無理だった。傷つけたのは俺なんだよ」
「ほんとに優しい人間はフラれたからって襲ったりしないよ」
悠が優しいのは知っていた。でも、こんなところで優しさを発揮するのは違うと俺は思う。
でも、病院にも警察にも行かないと言う悠を無理矢理連れて行くことはできない。
だから俺は涙が止まらない。
「悠が……一歩間違えたら悠が死んでいたかもって考えると怖いんだよ。悠を失いたくないんだ」
そう言って俺は悠を抱きしめる。
そうすると温もりを感じる。生きている証だ。この温もりに俺は安心した。
「立樹……」
悠が生きていて安心するけれど、一歩間違えていたらこの温もりを失うところだったんだと思う恐怖は、やはり消えることはなかった。
ずっと可愛いと思っていた。悠が特別だと思っていた。それがなにを指すのかもなんとなくわかっていた。分かっていたけど、それ以上どうすることもしなかった。
考えて認めることが怖かったから。俺も悠も男だから。
ゲイに対して偏見はなかった。それでも男同士で付き合うことは壁が高かった。
だけど悠を失ったかもしれない恐怖を考えたら、そんなことなんてことはなかった。
認めよう。俺は悠が好きだ。だから唯奈に結婚をせっつかれたときその気になれなかったんだ。
悠が女ならって思ったこともある。でも、悠は男だし、男である以上どうしようもないと思っていた。
でも、悠が好きだから失うことが怖かった。だから唯奈を失う恐怖よりも悠を失う恐怖の方が大きかったんだ。
「悠、好きだよ」
悠を失いたくないという感情から、自然と言葉にしていた。
「立樹……」
「ごめん、今さらだよな」
「本気なの?」
「本気だよ。今まで認めるのが怖かったけど、悠を失うことの方が怖かった」
「嬉しいけど、立樹は……」
「わかってる。結婚しててなに言ってるんだって感じだよな。でも、悠が好きだ」
「立樹……。俺も立樹が好きだよ。だから立樹の気持ちはすごく嬉しい。だけど、立樹は結婚してるから。だから俺を好きなんて言っちゃダメだよ。奥さんを好きでいなきゃ」
悠の言葉が辛かった。
確かに結婚してる俺が唯奈よりも悠が好きだなんて言っちゃいけない。唯奈を一番好きでいなきゃいけないんだ。
それは正論だ。
なのに今の俺は悠のことを手放したくないと思っている。
そして悠はそんな俺を窘める。
当たり前だ。悠が俺の気持ちに応えてしまったら不倫になってしまう。
もう少し早く自分の気持ちを認めていたら唯奈と結婚することはなかったのに。そうしたら悠はあんな男に襲われることはなかった。
そう思うと後悔しかなかった。
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