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新たな出発1
悠が襲われた数日後。俺は中学時代からの友人である蒼汰と呑んでいた。
数日前には送別会と悠が襲われたことで帰宅が遅くなったのに、その数日後にはまた呑みに行って帰りが遅くなるということで唯奈はいい顔をしなかったけど、送別会は仕事の一つということで文句を言うのを我慢しているようだった。
今朝家を出るとき、唯奈の顔は不満がいっぱいだった。でも、今日の呑みは今後の結婚生活に影響してくる。もっとも唯奈はそんなこと知りもしないけど。
仕事を定時を少し超えてあがり、蒼汰との待ち合わせ場所へと急ぐ。
待ち合わせ場所に行くとすでに蒼汰は来ていて、俺を見つけると手を振ってくる。
そうだ。蒼汰と会うのは結婚式のとき以来だけど、式のときは当然ゆっくり話したりなんてしていないから、そうすると2人で会うのはどれくらいぶりだろう。
「立樹とゆっくり会うのなんてどれくらいぶりだろうな」
と俺と同じことを言っていることに思わず笑った。
「なんだよー。なに笑ってるんだよ」
「いや、俺が思ってたことと同じこと言ってるなと思って」
「だってほんとにそうだろうよ」
「まぁな。で、店どこにする?」
「ゆっくり話したいなら個室のある店に行くか」
「そうだな。腹も減ってるし個室のある居酒屋がいいな」
「あ、なら唐揚げの美味い居酒屋あるからそこへ行こうぜ」
そう言って蒼汰お勧めの居酒屋へと行った。
そこは居酒屋と言っても落ち着いていて、大学生とかの若い層は少ないような印象だ。
週半ばということもあって待たされることなく個室へと通される。
席に座るとまずはビールを頼んでから料理を適当に頼んでいく。その中にはもちろん、蒼汰がお勧めだという唐揚げも入っている。
「乾杯!」
「いや、でも立樹が結婚するなんてな。もう俺たちもそんな歳なんだな」
「蒼汰はまだしないのか?付き合って長い彼女いただろ」
「あー。だな。でも長すぎて今さら感がある。よく立樹決心したよな」
「決心したというか唯奈が結婚、結婚煩かったからな」
「あー。彼女側か」
「そ。友だちが結婚したら、それから結婚したいってそればっかりでさ。それで根負けした」
「男の方が慎重になるよな」
ビールを呑みながらそんな話しをする。
中学のときの同窓会なんかへ行くと結婚と騒いでいるのは女の方が多い。
その点男の方は慎重になっている。
確かに28歳にもなると女は焦り始めるのだろう。
「で、2人きりで会いたいなんてどうした? 渡辺なんかも会いたがってるぞ」
「ああ、渡辺か。そうだな。また次回にな」
「なんか深刻な話しか」
「そうだな」
渡辺というのは、中学・高校のときによくつるんでいたうちの1人だ。
そしてこの蒼汰はその中でも一番仲が良くて、親友と言えるスタンスだった。
だから大事なことを話したい今日は蒼汰だけを呼び出した。渡辺なんかはまたそのうち数人で集まればいい。
「それで俺に話しってなによ」
注文した料理もとりあえず揃ったところで本題に入る。
「ん……あのさ、俺、離婚しようと思ってさ」
「は? お前なに言ってんの。まだ結婚して半年だろうが」
「そうだよな。そうなるよな。でも、失いたくない人がいるんだ」
「ならなんでその人と結婚しなかったんだよ」
「相手がさ……男なんだ」
「え?」
相手が男だということに蒼汰は一瞬驚いた顔はしたものの、すぐに元に戻る。
蒼汰は絶対に差別はしない。それを知っていたから俺は相談相手に蒼汰を選んだんだ。
「結婚するときにはもう出会ってたのか?」
「ああ」
「じゃあほんとになんで結婚なんかしたんだよ。相手が男であれ、好きならもっと慎重になれよ」
言われることが最もすぎてなにも言い返せない。
「可愛くてさ、特別だったんだ。だけど、その気持ちを突き詰めてしまって付き合うってことになるのが少し怖かった」
「付き合うことが怖いって、相手がお前のこと好きじゃなきゃそうはならないから安心しろ」
「相手が俺のことを好きだったら?」
「そうなのか?」
「うん。初めの頃から格好良いとかゲイならいいのにって言われてたから」
「そうなのか」
「ああ。相手はゲイでさ、男と付き合うのは当たり前だけど、俺にしたら男と付き合ったことないから飛び込めなくてそれで唯奈と結婚した」
「お前、結構最低な」
最低呼ばわりされてもなにも言い返せない。
「で、それがどうして離婚に繋がるんだ?」
「先日、襲われて首筋切られたんだ。たまたま俺が通りかかったから大事には至らなかったけど、万が一俺が通らなかったらと思うと怖くて」
「そんなことがあったのか。それは確かに怖くなるな」
「だろ? それで気づいたんだ。唯奈を失うよりも怖いって。悠を、あ、悠ってその子の名前な。悠を失うくらいなら男同士で付き合うなんてことは問題じゃないなと思って」
「それで離婚を考えたのか」
「あぁ」
「その気持ちはよくわかるけど、結婚して半年くらいだろ。それで離婚となったら大変だぞ。唯奈ちゃんが素直に応じるとは思えないし」
「わかってる。慰謝料を払うことになるだろうと思うし、唯奈の両親にも頭を下げるつもりだ」
「そこまで考えてるのか。なら後はその悠くん? の気持ち次第だと思うよ」
「そうだな。その襲われた日に気持ちを打ち明けたら、結婚してるんだからそんなこと言ったらいけないって言われたよ」
「まぁ常識だな。だから離婚か。本気で好きなのか?」
「あぁ」
「なら唯奈ちゃんに頭さげて離婚して、再度告白するしかないな」
「それでいいかな?」
「いいもなにもそこまで考えてるなら外野が言うことはなにもないよ。うまく離婚できるといいな。あまり長引かないといいけど」
蒼汰がそう言ってくれて、俺はホッとした。
離婚を切り出してすぐに離婚ができるわけじゃない。
唯奈が頷かなければ離婚は成立しない。
傷つけた以上、慰謝料を払うことは想定済だ。
それでも悠を選びたい。唯奈には申し訳ないけれど。
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