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2人の生活5
「ただいまー」
月末。月次決算を無事に終えて帰宅した。時計をみたら21時半を回っていた。
こんなとき職場が近いというのはいい。実家も近いと言えば近いけれど、ここまで近いわけではない。
「おかえり。今ご飯温めるから着替えてこいよ」
「うん。ありがとう」
立樹は仕事が忙しくて残業で帰宅が特に遅くなるときを除いて食事の支度をしてくれる。
実家だって母親が食事の支度をしてくれていたから着替えればすぐに食べられるのは変わらないけど、ひとつ違うのは、今は家に帰ると立樹がいることだ。
家に帰ると好きな人がいるというのはいいものだな、と立樹と住むようになってから知った。
もちろん、立樹が遅くなったときは俺が待ってる。残念ながら料理は少ししかできないけど、簡単な豚丼くらいは作って。
でも、疲れて帰ると好きな人がいるといるというのは仕事の疲れもどこかへ行ってしまう。
こういうのがあるから立樹も一緒に住みたいと早い段階で言っていたのかなと思う。
「ごはんありがとう。立樹のごはんおいしいんだよなー」
「悠の作る豚丼だって美味しいよ」
「あれはタレの味が美味しいの。俺の料理の腕じゃないの。立樹、また待ってたの?」
「うん。1人で食べても味気ないし、そんなに遅くならないのわかってたからな」
そう言って立樹は笑うけど、俺が仕事で遅くなるときは必ずと言っていいほど食べないで待っていてくれる。
そう言う俺は、待てるときは待ってるけど、お腹が空いてると先に食べちゃう。それに食べないで待ってると立樹に怒られるから。
「立樹も食べてていいんだよ。食後のお茶だけ付き合ってくれればそれで十分だから」
「わかった。今度からそうするよ」
そう言って立樹は笑うけど、来月も同じ会話をしそうだ。
立樹は俺に甘い。甘やかしてくる。これでは立樹から離れられなくなる。まぁ、離れる予定はないけど。
「今日はなに?」
「麻婆豆腐」
「やった!」
俺は元々麻婆系が好きではあるけど、立樹の作る麻婆がとにかく美味しいのだ。実家の母親はレトルトの麻婆なのに、仕事をして帰ってきた立樹が面倒くさがらずに作ってくれるのは嬉しい。
「ほら、食べよう」
「うん! いただきまーす。うん! 美味しい! 立樹、ありがとう」
「どういたしまして」
辛みのある麻婆がたまらない。
「料理教室でも通おうかな」
美味しい麻婆豆腐を食べながらそんなことを考える。
「俺が作れるからいいんだよ」
「でもさ、立樹が仕事で疲れて帰って来たときに毎回豚丼ってどうなのよ」
「他にもカレー作れるだろ」
「豚丼とカレーだけって問題あるだろ。せめてもう少しレパートリー増やしたい」
「悠はそんなこと考えなくていいの」
「立樹は俺に甘すぎる! そんなの良くないよ。立樹が疲れちゃう。それでいきなり別れ話とか嫌だし」
俺がそう言うと立樹はおかしそうに笑う。この会話は今に始まったことじゃなくて、前からしている。でも、立樹は自分が作れるからいいんだと言って聞かない。
「そんなことで別れ話とかしないから大丈夫。それに悠を甘やかすのが楽しいんだから悠は甘えてればいいんだよ」
このセリフを聞くのも初めてじゃない。俺を甘やかすのが楽しいとかわけがわからない。
「そんなことはどうでもいいから食べろ。冷めるぞ」
「ヤバい。冷めた麻婆は味落ちちゃうんだよ」
「なら馬鹿なこと言ってないで食べろよ」
冷めた麻婆は食べたくないから急いで食べるけど、馬鹿なこと言ってないでってなに? 俺、馬鹿なことなんて言ってないのに。
立樹は俺を甘やかしてくるけど、元カノもとい元奥さんとかも甘やかしてたんだろうか。
「ねぇ立樹ってさ、奥さんのことも甘やかしてたの?」
「なんだ、急に。そんなことないけど。普通」
「立樹の言う普通が甘やかしてるってことはない?」
「そんなことないよ。甘やかすのは悠限定」
そんなことを言われて、恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。これは絶対に麻婆のせいじゃない!
「それって嬉しいけど、そこまでされる理由がわからない」
「わかるだろ。悠を好きだからだよ」
そう言って笑う立樹に、恥ずかしくてご飯をかき込んでしまう。
立樹は甘い。それに俺は弱い。恥ずかしくてなんて言ったらいいのかわからなくなって黙ってしまう。
「冗談じゃなくさ、悠はいてくれるだけでいいんだよ。そばにいて俺のこと見ててくれれば俺はそれで満たされるから。だからごちゃごちゃ考えなくていいの」
「うん……」
俺の言ってることはおかしくないと思う。それでも口で立樹には敵わなくていつもこうやってフェードアウトしてしまう。
でも、そう言っている立樹は確かに幸せそうだから、ついそのままにしてしまう。
立樹が甘やかすから俺にとっては立樹と暮らすのは楽しいし幸せだけど、立樹もそうだといいな、と願ってしまう。そのためには、料理、もう少し頑張ろう。
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