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第2話
あれから、おれはなんとなくでソノオの家に住んでいた。
おれは結構、図太いところがあると人から言われるけど、どうやらそのとおりみたいで、ある意味、得体の知れない相手であるソノオの自宅でもすぐに適応して安眠できるようになったし、精液 も元気にもりもり食べている。
今日は外は蒸し暑いけど室内はエアコンが程よい温度で、肌を撫でる涼やかな風が眠気を誘う。
おれは気持ちよくうつらうつらとしているが、ソノオと、もう一人、神経質な男の声が夢の中まで入り込んできてうるさい。
「簪先生! なんで未成年の女の子に悪魔コスさせてるんですか!? というか、なんで家に匿ってるんですか!?」
「男の子です」
「それでもアウトです!」
「五百歳超えの人外ですよ」
「え? え!? あ!?」
「淫魔です」
「淫魔ァ!?」
「因みに彼の種族では、千歳が成人だそうで」
「結局未成年なんじゃないですか! というか、それだと人間年齢に換算すると十歳程度のかなり幼い少年ということになりますけど!?」
「あー、ごめんなさい。冗談です。彼は若い部類ではありますが、人外基準でも成人してはいますよ。幼く見えますがね」
「……こういう子は隠しておくべきじゃないですかねえ。要らん誤解を招きますし」
「モブ田さん、結構、犯罪者的な思考回路してますね」
「常田です。その差別的なあだ名やめてくださいっていつも言ってるでしょう。まったく……。あ、原稿はばっちりです。原稿だけはね。では、また来週、原稿取りに来ますんで、起きて待っていてくださいよ?」
「はいはい。できる範囲で努力しますよぉ」
“モブ田”と呼ばれたツネタという男はどうやら帰っていったっぽかった。おれはすこやかな眠りへと戻っていった。
それから次の週、チャイムが鳴ったがソノオが起きないので、おれは淫魔の特徴的な羽、角、尻尾を魔力で消してソノオの代わりに玄関に出る。
「は、はい……」
おれはどちらかと言わずともコミュ障なのでキョドってしまう。
「君、まだいたんですね。ねえ、その服……! 簪先生、そんなご趣味もお持ちだったんですねえ! 以前、お見かけした時はボロきれ同然のシンプルなAラインワンピースだった服装がフリルとリボンいっぱいのゴシックアンドロリィタ風のワンピースに! 艶やかな長い黒髪に映える大きな赤いリボンまで!」
ツネタは早口で説明的にまくし立てた。
「で、その格好は一体……?」
かくかくしかじか……。
「オレの一張羅、君にはこんな簡素な華のない服装は勿体ないから、って勝手な理由付けられて没収されちまったの……」
おれはしょぼんとしながら自分の服を見る。
「よ、よく着るね……。君は、それでいいの?」
「毎日欠かさず飯もらえる契約の代償なんだよ」
「あの先生に関わるとみんな大変だ」
ツネタはでかい溜息を吐いた。こいつもソノオには苦労させられてるんだろう。
溜息をつき終えると、ツネタはソノオの眠る二階の寝室へとずかずか上がっていった。
「お、おい!」
「いつものことですから」
ソノオはぐーすかと言うよりぐうたらといった感じで脱稿後の惰眠を貪っていた。
「先生、書き終えたからって私にデータ送る前に寝るのやめてくださいっていつも言ってるでしょう!」
ツネタに怒鳴られてもソノオは手をひらひら振るだけで秒で二度寝する。
ふてぶてしく眠りまくるソノオの傍らでツネタは勝手にソノオのパソコンを立ち上げ、ソノオのパソコンから自分のUSBに原稿データを移している。
「セキュリティガバガバじゃねえか!」
おれはドン引く。
原稿データを手に入れるとツネタは「やれやれ」、「やれやれ」と『やれやれ』を二回、「まったく」を一回、溜息も三回ついてから帰っていった。
そういえば、ソノオってどんな小説書いてんだろ。自分では「エロ売文家」って自虐的な言い方してたけど。
ソノオのパソコンにはパスワードも何もかかっていなくて、小説はすぐに読めた。セキュリティガバガバ。
そこにあったのは、人魚や天女、天使、吸血鬼、妖狐、エトセトラが抱かれる側の、ファンタジックな官能小説だった。
たしかに、人外好きって自分で言ってたっけ。
もちろん、淫魔が抱かれる作品も、官能小説じゃテッパンだし、あったけど、その淫魔のキャラはおれとはてんで違っていて、優秀な淫魔だった。
「……」
そりゃ、そうに決まってる。おれみたいのが受け役じゃ話にならないんだけど、でも、少し寂しい気もした。
しかし、ソノオの小説はたしかにエロいけど、自称・エロ売文家で終わらせるには、勿体ない。おれに芸術的センスがあるわけがないけど、ソノオの書く官能小説は文学? のようなものを感じさせる作風だ。不思議と卑猥さがないし、不思議と見入ってしまう。綺麗だ。
別にただのエロ売文家でも全然いいし、どやされるようなことじゃねえけどさ、ソノオは少し自己イメージがズレてんじゃねえか?
その後、脱稿祝いと称してデパートに付き合わされた。ずっとボロきれを纏っていたおれに服をたくさん買ってくれたのはいいが、全部、ふりふりの女物だ! またかよ! 細くてチビだから入っちまう自分も悔しい! でも、これさえ着ていれば毎日でも精液をくれると約束されているので、おれはそれらの服に大人しく袖を通すと腹を決めている。
ソノオは紙袋をたくさん手に下げてご満悦だ。
「これで君も一端の衣装持ちになったね」
「おまえが頼んでもねえのに買いまくるからだろ!」
買い物帰り、淫魔の特徴的な羽、角、尻尾を隠し、ヒトに化けて歩いていると通りすがりの中学生男子に
「あの娘、すげぇ可愛くね?」
と噂される。おれは思春期のオスのニンゲンが一番怖くて酷く怯える。
「どうしたのかね? 何がそんなに恐ろしい?」
「オレ、ニンゲン怖い」
「食糧なのに?」
「人間界来てすぐから色々、怖い目に遭わされたんだ!」
「まあ、君は可憐で華奢だからね。たしかに力ずくで怖い思いもさせられたろうよ」
「あれっ? 笑わねえのか? 人のことよくからかうのに」
「笑ってはいけない分野もあるのだと心得ているつもりだよ」
おれはふわっとしたあたたかい気持ちになった。
「ニンゲンが怖いつもりでいたけど、ソノオのことは結構、イイかも」
「こんな奇天烈なおっかないニンゲンがかね?」
「そこがオレも不思議」
「なんだ、否定してくれないのかね」
「だって、奇天烈でおっかねーのはほんとだもん。でも、不思議と安らぐ」
「それは、どうも」
ソノオは照れているのか拗ねているのかわからなかった。
「オレはミソッカスだ。人見知りで怖がりだし、ニンゲンにはたくさん怖い思いをさせられてトラウマがあるから、怯えてなかなか自分からニンゲンに近寄れねえ。飢餓感マックスになって渋々、おっかなびっくりで誘惑して精液を啜ってるんだ」
おれが打ち明けてもソノオは笑わなかった。だから、続けた。
「ソノオには、飢えてたのもあったけどほとんど一目惚れだった」
ソノオの雄力がすげえ強くて、おれの中の獣の雌が抗えなかったのだ。
「やれやれ。他意なく言ってるんだろうねえ、君は」
ソノオは謎に溜息をついた。
「たい……?」
おれにはよくわからなかった。
「君は美しいし、何より愛くるしい。君が嫌気が差すまではずっとうちにいておくれ。たくさん褒めて大事にすると約束するから、ミソッカスなどと言わず素晴らしい君を君自身が好きになりなさい」
「うん……」
「日が暮れてきたね。うちに帰ろうか」
「うん!」
おれたちは帰宅した。ソノオの家の匂いにもあっという間に慣れてきた。
「さっき、僕の書いたのを読んでただろう?」
「あ、うん。気づいてたのか」
「僕の小説、好きかね?」
「好き」
「僕も君の芸術的美貌が好きだよ」
「げいじゅつてきびぼう!? おれが!?」
おれはちょろくはしゃいだ。
「ほら、たとえば足の裏だってぷりぷりに熟れた桃の色だし」
足首を掴んで足を持ち上げられた。これがソノオの思う美貌なのか!? 想像してたのと違っておれは混乱する。
そして、なんと足裏を本気モードで舐められる!
「ふえぇぇ♡ 舐めないでぇぇぇ♡」
「だって、君の裸足が美味しそうなんだもの」
「やだやだ! 恥ずかしいよぉぉ♡」
「目が蕩けてる」
指摘されて顔がぼっと赤くなる。鏡で見なくても自分の目が蕩けているのがわかったからだ。
「へ、へんた〜いッ!」
せめて、そう悲鳴を上げることしかできず、足裏を熱く濡れた舌先でちろちろ擽られるぞわぞわ♡ とした不快と一緒くたの気持ちよさにアナルを濡らすことしかおれにはできない。
「う、ぅん゙♡ ぉほっ゙……♡♡ ふへ、ゥゥ♡♡」
「濡れてる? ねえ、濡れてるの?」
ソノオに見つめられて聞かれると、瞳から雄を感じておれはソノオの魔力に従順になる。どっちが淫魔だかわかんない。
「ぬ、ぬれてる。いっぱい濡れてパンツぬるぬるできもちわるくて、早く脱ぎたいの♡」
素直に答えた。何もかもぶっちゃけて打ち明けた。恥ずかしいけど、ソノオに抗えなかった。
「じゃあ、一人でシてみようか。その濡れてるアナル に指を挿れてくちゅくちゅ♡ 出し入れして気持ちよくなってごらん」
「そ、そんにゃっ」
「いいから、やってごらん。ほら♡」
物凄い圧――雄フェロモンとでも言うべき誘惑物質――に操られて、おれはソノオの言うとおりにした。ニンゲンにも魅了が使えるのか? ソノオはおれより余程、優秀で……。
ダメだ、おれは自分を卑下せず好きになるって、さっきソノオと約束したんだった。
パンツを脱ぐ。ぐちょり♡ と愛液が布と肌――粘膜――との間に糸を引いた。
「こんなにひぃっ♡ ぬれてるのぉっ♡♡ おれ、いっぱいよだれ垂らしてるのぉぉっ゙♡♡」
「うんうん。可愛い♡ 可愛い♡ 指を挿れてごらん」
言われたとおり、やる。
くちゅ♡ ちゅく♡♡
「ッはあ゙ッ゙♡♡ ん゙っ゙♡♡ ぉほお゙っ゙っ゙♡♡♡」
汚い、恥ずかしい声が出てしまう。人前でアナル 弄って、声出るまで興奮して、
「おれぇっ、こんな趣味なかったのにひぃっ♡♡♡」
「うん。ああ♡ いい子だよ♡」
ソノオの答えはとんちんかんでおれの台詞と噛み合ってなかったけど、嬉しかった。
「お口に指を挿れて気持ちよくなる感覚と、自分の指が勝手に指をちうちう♡ 吸う感覚が同時に襲いかかるってどんななんだろう。君の言葉で言える?」
ソノオは小説家だからそんなこと簡単に言うけど、
「あ゙うッ゙♡♡ あのねぇ♡ しゅっっっごくきも゙ちい゙の゙♡♡♡」
おれは頭が悪すぎてそれしか言えなかった。
あと、もう一つ、頭が悪いのは……。
このとき、精液を食べるタイミングを逃したことだ。
草木も眠る丑三つ時、おれは腹の虫をぐうぐう鳴かすことになるのだった……。
(つづく)
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