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1-1.ミッドガルドの籠の鳥
◇◆◇◆
その日、ロキは生まれて初めて村の酒場を訪れた。正確に言えば、村の酒場の《《中に》》だ。
夜の酒場は賑わっていた。
しかし、ロキが扉から一歩足を踏み入れて被ったフードを下ろした途端、談笑の合間を縫って、客の男たちがチラチラとこちらに視線を向ける。
「誰だあいつ」
「村はずれのボロ小屋の……」
「あー、あの気味の悪いジジイんとこのやつか」
「へぇ、やけに子綺麗な顔してんな」
「そりゃ、おめぇの女房に比べれば誰だって子綺麗だ」
「言ったなこのやろ」
値踏みするような視線と舌なめずりが横目に入るが、ロキはそれらを振り切るように、入り口から正面奥のカウンターに歩み寄った。
酒場での所作は見ていたから知っている。
空いてる席に腰を下ろし。
「マスター、ビールをくれ……く、ください」
よし、これでいい。
カウンターの中の髭を蓄えた店主はロキの姿を少々訝しげに見つめたが、やがて黙って樽ジョッキになみなみと注いだビールをロキの前に乱暴に置いた。
泡がビチャリとカウンターに溢れたが、ロキはむしろ胸を弾ませた。
これだこれ。
窓の外から見ていたこの荒々しい雰囲気こそ、ロキが経験してみたかったものなのだ。
片手で取っ手を掴んで持ち上げたが、重たすぎて結局もう一方の手も添える。
ぐっと傾けて喉奥に流し込むが、想像以上の苦味にロキは顔を顰めた。それを店主に見られたが、時に人は至福のときにこのような表情をするものらしく、店主はさして気に止める様子もないまま、ロキの前にツマミのナッツの入った小皿を放り投げた。
物心ついた時から、ロキはこの森と小川に囲まれた長閑な村の片隅の、更に片隅にあるボロ小屋で|爺《じじい》と二人、慎ましく暮らしていた。
どう言うわけか、爺はロキが幼い頃からつい最近まで、人前に出ることをあまり良しとしなかった。
しかし歩き始めた頃から、ロキは外界への好奇心を抑えられないでいた。だから時々爺の目を盗んでは、地味なフードを目深に被り、密かに村の様子を観察していたのだ。この居酒屋も、向こうの小さな窓から、幾度となく覗き込んでいた場所だ。
ロキは苦くてまずいビールをちびちび飲みながら、店内の様子を観察した。
見知った顔がいくつもある。幾人かは名前も嫁や子供の顔も知っているが、誰一人として直接話をしたことはなかった。
向こうには、カードを片手に額を寄せ合う男達。テーブルには硬貨が積まれているので、おそらくあれは賭け事をしているのだ。その光景もロキは幾度となく見たことがあった。窓の外から。
「よお、珍しいのがいるじゃんか」
突然声をかけられ、ロキは振り返った。赤毛の男が一人、ロキの隣に慣れた所作で腰を下ろすと「マスター、ビール」とこれまた慣れた所作で指を一本立てて見せる。
ロキがついつい感心しながら眺めていると、赤毛の男が運ばれてきたビールジョッキを持ち上げ、ロキに向けて掲げた。
ロキは一瞬、どういうことかと考えて、ジョッキを合わせる《《乾杯》》だと気がついた。
慌てて差し出したロキのジョッキに赤毛の男が自分のジョッキを押し当てる。こぼれ落ちそうな泡に赤毛の男がすぐさま口をつけたのを見て、ロキも真似るように自分のジョッキを口に運んだ。
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