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 すげぇ、俺、酒場でしちゃった。などと、ロキが内心胸躍らせていると、「あんた、村はずれのお爺さんとこの孫だろ?」と赤毛の男が尋ねてきた。  正確にはロキは爺の孫ではないのだが、否定しても、じゃあどんな関係なのか、と聞かれたら説明ができないので、ロキは男の言葉に頷いた。 「俺、あんた知ってるよ……タークだろう? 宿屋の息子の」  ロキは喉が詰まるほどに緊張したが、それを悟られないように必死に平静を装った。別にこの赤毛の宿屋の息子タークに恋焦がれているわけではなく、ただ単に爺以外と言葉を交わすことが、ひどく久しぶりだったからだ。 「おー、話したこともないのによく知ってんな? 俺って有名人?」  タークは戯けるように言って、もう一口ビールを飲むと口についた泡を手の甲で拭った。 「あんただって、俺のこと知ってたじゃん。話したことないのに」  ロキが言うと「そうだな」とタークが笑う。 「まあ、しかし、あんたこの辺じゃ珍しい毛色だからさ、目立っちまうのよ」  目立つ、と言われてロキは咄嗟にフードを被った。ロキの目的は今日この場所に溶け込むことだから。 「あんた名前なんつーの? なんて呼べばいい?」 「俺は、ロキだ」 「ロキか、へぇ、よろしくな」  そう言うとタークは気さくな笑みを浮かべ、ロキに手を差し出した。これは握手だ、と直ぐに理解したロキはすかさずタークの手を握った。 「ところで、ロキ。あんたんとこの爺さんさ、最近どうした?」 「え? どう、って?」 「いや、なんか変だろ? 前からたまに買い物しに村に顔出してたけど、このところ言動もおかしいし、|譫言(うわごと)みたいになんか呟いてるし」 「あぁ……うん……」  タークの言うことには思い当たる節があり、ロキは頷き肩を落とした。  爺の様子がおかしくなり始めたのは半年ほど前だ。突然感情的になったかと思えば、ぼんやりしたり、何度も同じことを言ったり、全く見当違いの話をしたり、時々ロキのことも誰だかわからなくなり、やがてそれは時々ではなく殆どになった。  爺には、「狼と|(からす)には気をつけろ、村人とは関わるな」と再三言われたロキだったが、このところはそうもいかない状況なのである。  爺は写本で生計を立てているようだったが、その仕事も今は出来ない。少しの蓄えはあったので、ロキは見よう見まねで密かに食料を買い足したりしていたが、それも長くは続けられないだろう。  ロキには爺がどうしてそうなったのかわからなかった。今日この酒場を訪れたのは、自身の好奇心を満たすためともう一つ、爺の状態を元に戻す為の術を誰かに教えてもらうためだった。 「そっか、そっか……そいつは大変だったなぁ」  ロキは自分がここにきた理由について、タークに洗いざらい話して聞かせた。 タークはロキの話を聞きながら、空になったビールジョッキをカウンターに置いた。 「そりゃ、あんたの爺さんは病気だな」 「だよな?! やっぱり……」  爺は病気なのだ。ロキは被ったままのフードの襟元を無意識に手繰り寄せた。 「でも、どうやって直したらいいんだ……、俺が風邪を引いた時にしてもらったみたいに、毛布をいっぱいかけて頭に冷たい布巾を乗せたら、暑い冷たいって、酷く怒られたんだ……」  ロキはしょんぼりタークに訴えた。爺は本来穏やかで優しく喋る人だったが、この所はまるで別人だ。毛布はベッドの脇に放り投げられたし、冷たい布巾はロキの顔に投げつけてきた。 「安心しろ、いい薬がある」  タークは軽やかな口調でそう言うと、カウンターを手のひらでポンと叩き、もう一方の手でパチンと指を鳴らしてみせた。  その仕草はまるで、「そんなことどうってことない、直ぐに解決できる」と言われたようで、ロキは目を輝かせた。 「どんな薬だっ⁈ それ、売ってくれないか⁈ どこに行けば買える⁈」  ロキは前のめりになりながら、タークの肩を掴んで揺らした。

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