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1-7.
ターク達がここまで攫いにきたのか。
磨りガラスの窓に映る松明の明かりは、一つ二つ三つ四つ……ロキは数えるのをやめた。多すぎる。タークがさらに仲間を呼んだのだろうか。こんな老人とひ弱な男一人相手にあんまりだ。
ロキはゆっくりと戸に歩み寄った。残念ながらボロ屋の床はどんなに注意深く歩いても軋んで音を立てる。戸を叩いた相手も、きっとロキの気配に気がついただろう。
一度室内を振り返ったロキは爺の様子を確認するが、爺はもう何も言わないまま、ただ虚ろな瞳でベッドの上に座っていた。
ロキはキッチンに置いてあった焦げついたフライパンを握りしめると、小さく戸を開いて外を覗いた。
そして目に飛び込んできた光景にロキの心臓は跳ね上がった。
扉の前にいたのは見覚えのない二人の男、その数メートル後ろには、ずらりと横並びになった村人たちがいたのだ。その村人達のうちの何人かが松明を掲げ周囲を照らしている。
ロキが想像していたよりも、もっとずっと人数が多かった。
「ロキ、おぉぉぉぉむかぇに参りました」
驚き言葉を失っていたロキに、戸の前に立った二人の男のうち左側の男が言った。
その男はロキが少しだけ開いた戸の隙間に顔を寄せ、覗き込んでくる。作り物のように動かない顔、眼球が全て真っ黒だ。
それに驚いたロキが身を引くと、その隙にと言わんばかりに、男は小屋の戸を少々強引に大きく開いた。
男は二人とも上から下まで体を隠すような真っ黒なローブを羽織っている。まるで間に鏡を置いているのかと思うほどにピタリと同じ風貌の二人は、人の形をしているが人ではないとすぐにわかった。首から上が不自然にカクカクと揺れている。
ロキはさらに視線を上げて村人たちを見た。その中には先ほどロキを追いかけ回したタークとその仲間の姿もある。
タークも他の村人たちも、みなどこか気まずげに俯いて視線を泳がせていた。何か異様な空気だ。
様子を見るに、村人たちがこの黒い男たちをここまで案内したようだった。
シタルの姿がないということは、ロキが逃げたことでシタルとの契約は決裂し、今度はこの男二人にロキを売り払おうというのだろうか。しかも、今回は村人総出でロキを差し出すつもりのようだ。
代金はみんなで山分け? とんでもないやつらだ!
ロキは内心憤慨し、鼻から息を吐いた。
答えようによっては突っぱねてやるとフライパンを握りしめ、「お迎えって?」とロキは黒い男に問いかけた。
「|器《うつわ》です、器。器を創ってロキ」
答えたのはまた左側の男だ。それにしても言葉遣いが辿々しく、大人の男の見た目だというのに、声は子供のように高い。とにかく不気味だ。
左の男の言葉に、ロキは「意味がわからない」と、首を振った。
「預言者ミーミルが仰いまシタ。黄昏が近づいていると」
今度は右側の男だ。
こいつも左側の男と同じく不自然に高い声だが、話し方が違う。ロキは右側の男に顔を向けた。
「主神オーディンが強靭な器を求めていマス」
「だから、ロキ、器、創って、器」
二人の男はカタカタと不自然に首を揺らした。
「何言ってんのか全然わかんないんだけど」
ロキが言うと、黒い男たちはぎこちなく首を動かし視線を合わせてから、また不自然に首を傾けてロキに向き直った。
「あなたは唯一のオメガ、デス。オーディンのもとで、器を創ってくだサイ」
右側の男が言った。
「器って、神の器のこと?」
ロキは眉根を寄せた。
主神オーディンの器の話はロキも知っている。
上層にはオーディンの神殿があって、そこにはあらゆる神々と、三人の《《神の器》》が暮らしている。
誰もが子供の頃に聞く、おとぎ話のようなものだ。ミッドガルドの外の世界の話は、この村に暮らす者にとってはどれもそんな感覚だ。
「神の器なら、もういるはずだろ?」
ロキが言うと、今度は左側の男が首をカタカタ揺らして口を開いた。
「オーディン、ヘビ嫌い、だからヨルムは下界に、なななななげられた」
「は?」
「ヘルは立ち上がれませんでシタ。だから、下界に投げられまシタ」
「え? なに?」
「おおおおおかみ、もういらない、フェンリルも、捨て、られた!」
「意味がわからない!」
ロキは大きく首を振り、声を荒げた。
すると二人の男がぴたりと止まり、周囲の空気が張り詰めていく。
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