7 / 181
1-6.
ロキは多少文字が読めるし、慣れれば爺の仕事を引き継げなくはない気がしている。しかし、爺はロキに外界との繋がりを一切持たせてくれなかったため、いったい爺がどこで仕事を受けているのか、ロキは知らないのだ。爺は時々、ロキを置いて早朝から夜中近くまで出かけることがあったので、おそらくその間に移動できる距離でのやり取りのはずだが、それ以外はわからなかった。
「どうしたものか」と、ロキは深いため息をついた。
「ロキ……」
耳元で、穏やかで優しい声がした。いつも一緒にいるはずなのに、ひどく懐かしいような響きだ。
「じいちゃん? ……どうした? 戻ったの?」
ロキはシーツに手を置いて上体を起き上がらせた。爺は枕に頭を乗せたままだったが、目は開いている。
「ロキ」
「なぁに? じいちゃん、いるよ?」
「ご飯は……食べたのか?」
爺の言葉は少し虚ろで、でもその目ははっきりとロキを見ていた。
「うん、食べたよ」
ロキは微笑むと、またゆっくりと自分の体を横たえた。
「一緒に食べなきゃだめだ。食事は一緒にしないと」
「そうだね、じいちゃん……明日の朝も一緒に食べよう」
そう言いながら爺の肩に額を寄せた。ロキの髪を、シワだらけの手のひらが、辿々しく撫でている。
「ロキ……立ち行かなくなったら……」
「えっ?」
言葉が急に明確な意思を宿した気がして、ロキは頭を持ち上げた。爺の瞳に先ほどよりも力があった。それがまた真っ直ぐにロキを見ている。
「どうしても、ダメだったら、ウテナの占いを頼って」
「え? う、占い? ウテナ?」
「あーそう、占い……うん、占いの……占いババア」
「えっ、ちょ、じいちゃん何言ってんの? からかってる?」
ロキは半分笑いながら、爺に問い返した。爺はまるでここに留まることが辛いみたいに、浅く息をしている。遠のいていくような気がして、ロキは爺の肩に手をおいた。
その夜は風のない静かな夜だった。
だからなのか、小屋に近づく複数の足音がザリザリと砂を踏む音が、やたらと気味悪く聞こえたのだ。
ロキはベッドの上で起き上がり、小屋の入り口を振り返った。雨垂れや砂埃で汚れた磨りガラスの窓に、ゆらゆらと松明の火が映っている。
ーードンドンドンドンドンッ!
ロキが床に足をついたのと、戸が激しく叩かれたのはほとんど同時だった。
その音に応えようと、ゆっくりと立ち上がったロキの腕を爺が掴んだ。驚いて振り返ると、爺はいつのまにか体を起こして、意思があるとも無いともつかない視線を叩かれた戸に向けている。
「鴉だ」
「え?」
ロキは爺の言葉に眉を寄せた。
「鴉と狼に近づくな」
そう言った爺は殆ど無表情のままだ。しかし、戸に向けた瞳はゆらゆらと揺れ動いている。
「じいちゃん、どうした?」
ロキは爺の手を優しく解いて、その肩に手を置き顔を覗き込んだ。
「鴉と狼はオーディンの遣いだ。オーディンに会うな。会ってはいけない。絶対に」
「オーディンって……あの……?」
ーードンドンドンドンドンッ!
また戸を叩く大きな音に、ロキはびくりと体を揺らした。
ともだちにシェアしよう!