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2-1.鴉と狼

◇  何か固い物に額を打ちつけた。そこでロキの意識が覚醒していく。  座った体が振り子のようにぐらぐらと揺れた。馬の蹄の音と、キュウキュウと鳴る車輪が田舎道の小石を踏んではガタリと車体を弾ませている。  ロキがゆっくりと目を開くと、目の前に無機質な黒い瞳が四つ並んでいた。 「ひっ!」  思わず息を呑んで飛び起きた。  ロキは今、馬車の客車に座っているようだ。馬車はきちんと屋根や窓がついて、小さな箱のような形をしている。こんなに揺れているのに尻も痛まず、シートはロキのベッドよりもふかふかだ。  座席は二人掛けの席が向かい合わせになっている。その進行方向側に、気を失っていたロキは窓に持たれるように座らされていたようだ。  正面には二羽の鴉と二匹の狼が取り繕った歪な男二人が、身を寄せ合って座っていた。  ロキは自らの手足を確認し、頭を手のひらで撫で回した。怪我はないようだ。  窓の外はまだ暗い。村を出てからまだそこまで時間が経っていないのかもしれない。 「……じい……ちゃんは?」  左右の窓の外を確かめるが、並走する馬車はなく、追いかけてくる蹄の音も聞こえない。  この狭い馬車の中でその姿を見落とすはずもなく、ロキは二人の男に爺の居場所を尋ねた。  二人の男は顔を見合わせ、またゴソゴソと耳打ちし合っている。  やがて、右側の男が口を開いた。 「ヴァルハラへ行かれまシタ」  ロキは眉を寄せた。 「ヴァルハラ?」  聞き覚えのない名前だ。  どこかの町のことだろうか。 「ヴァル、ハラ、上層に、ある」  左側の男が言った。  上層は神や妖精が住まう場所だ。オーディンのいる神殿もそこにある。 「先に、オーディンのところに行ったってことか? でも、連れて行けるのは俺だけって……」  また男たちは目を合わせ、そのあと決め込んだように口を閉ざした。  馬車は時折小石を踏んで揺れながら、ゆっくりとした速度で進んでいる。  ロキは窓の外を眺めた。進む方向にはユグドラシルの大樹がある。ちょうどそれを背にして戻れば、おそらく村に着くのだろう。  男たちは、爺はヴァルハラに行った、などと言ってはいるが信用できるわけがない。きっと自分だけを連れ去って、爺のことは置いてきたのだろう。そう思って、ロキは奥歯を噛んだ。  怪我をさせられちゃいないだろうか、どう考えても一人で暮らせるわけのない爺を、だれか村の人が面倒を見てくれるのだろうか。  ロキが助けを求めても、手を貸そうとしなかった村人たち。小屋の前にずらりと並んだ彼らの表情を思い出すと、爺が満足に生活できる様はとても想像することはできなかった。  逃げ出すなら今だ。まだそこまで村から離れていないはず。爺を迎えに行って、やはり明るくならないうちに別の街に移動しよう。

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