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2-2.
ロキは自らのローブの中をさりげなく探った。ベルトの後ろに小さなナイフを忍ばせている。これで、どうにかなるだろうか。ちらりと顔を挙げると、二人の男は相変わらず不気味な無表情だった。
隙などわかるはずもない。ならば今だと、ロキがナイフの柄をにぎった時だった。
「アーーー! もう!」
突然左側の男が無表情のまま口を大きく開いて鳴きだした。ロキはびくりと体を震わし、出しかけた手を止めた。
「きたきたきたきた、ヨト、きた、」
「ヨトの巨人族デスネ」
二人の男は不自然にゆらゆらと体を揺らし、直後ビタンッと各々左右の窓に張り付いた。やはり人には見えない仕草だ。
「ヨ、ヨトの巨人⁈」
ロキは声を上げた。
巨人族は人間と同じく中層に住んでいる。しかし、彼らが暮らすのは、海で囲まれたこのミッドガルドの外側だ。ミッドガルドどころか、村からもほとんど出たことがないロキは、巨人族の姿を見たことがない。
そういえば、リドネブの商人シタルが「巨人族が女を連れていく」などと言っていた気がするが、それも海側の大きな街での話だとロキは思っていた。
「なんでこんな田舎に巨人族がっ⁈ 」
ロキは浮かんだ疑問を率直に口にした。
「オメガを狙っています」
「ロキ、ローーーキ、ダメダメ、ロキわたさない!」
左側の男は狂ったように馬車の戸をガンガン殴りつけている。そのあとで周囲の木々が大きくざわめき、馬の嘶 きと共に馬車が急停車した。
「ヨトはアース神族と敵対していマス。だから、オーディンに器を創るオメガを渡さないつもりなのデス」
「ロキ、に、ヨトの子、創らせようとしてる」
「えっ⁈ ちょっと情報量が多すぎてよくわからなっ、う、わぁっ⁉︎」
ぐらりと車体が揺れ、同時に男たちが張り付いていた馬車の戸が開いた。
男たちの頭はカラスになって飛びたち、体は薄灰色の狼になって四つ足で地面に降り立った。
ロキはというと、どうにか外に飛び出し、道の脇の草むらにごろごろと転がって、身を隠すように体を伏せて頭を上げた。
『巨人』というのだから、とにかく大きい大木のような姿に違いない。
ロキは草むらに身を隠し、恐怖心の中にどこか抑えきれない好奇心を感じながら、ヨトの巨人の姿を探した。しかし、期待した巨木の様な姿などは見つからない。
代わりにロキの目に飛び込んできたのは、先ほどまで自分が乗っていたはずの馬車が、中空に浮かび上がっていく光景だった。馬が馬車に繋がれたまま、引き摺られるように必死に前足で地面を掻いている。
直下に上昇気流が起こっているのか、それとも何かの力で上から釣り上げられているのか。
「す、すごい……どうなってんだ?」
ロキが目を瞬いていると、視界の端から鴉と狼が中空目掛けて飛びついていく。何やら交戦しているようだ。物がぶつかり弾けるような音がした直後、浮かび上がっていた馬車が急落下し、哀れな馬の悲鳴が聞こえた。
ロキはその様子に目を凝らした。
鴉や狼が相手にしているのは、どうやらたった一人の男のようだ。
男の荒々しく逆立つ赤い頭髪が、暗闇の中で激しく揺れ動いている。鎌のような形の身丈ほど大きさの武器を振り回す太い腕が、体を覆ったローブの隙間から見えていた。
あれが、ヨトの巨人族……確かに大きい。が、
「きょ……じん?」
ロキは疑問を口に出した。
遠巻きに見ているので、これはロキの体感だが、その赤い髪の男は巨人というほどには見えなかった。確かに人であれば大柄だが、大木には程遠い大きさだ。
「巨人族は大木のように大きい」というのは、ロキのただの想像だ。ロキが知らないだけで、巨人族とはそもそもそこまで巨大な種族ではないのかもしれない。
しばし呆然とその光景を眺めてしまったロキだったが、鴉が一羽地面に投げ落とされたところで我に返った。
ロキはそのまま息を殺し、ゆっくりと後ずさる。
そして、ユグドラシルの位置を確認し、そのあと向きを変えて林の中に飛び込んだ。背後で衝突音が響いている。巨人族も鴉も狼も、おそらくまだロキの動きに気がついていない。
今のうちに出来るだけ離れるべきだと、ロキは必死に林の草木を掻き分けた。
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