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2-4.
何を言っているのかわからない。ロキはただ混乱するばかりだ。
「ターク、な、なにっ……なんで、村がこんなっ……いったい何がっ⁈」
舌を噛みそうになりながら、ロキは必死にタークに問いかけた。
「お前が連れてかれた直後、村のあちこちから火が上がったんだ! きっとあいつらが、お前を連れったオーディンの遣いがやったんだ!」
「そ、そんな……」
「お前が逃げ出したから! あいつらが怒ったんだ! そうに決まってる!」
タークの目が血走っている。興奮したその様子にロキは恐怖を感じ、とっさに腹に蹴りを入れた。
タークは呻き声を上げて、一瞬体をのけぞらせたが、その隙に逃げようとしたロキをまたすぐに地面に押さえつける。
「お前のせいだ! お前が逃げたから、村がこんなことになってんだ! 最高神の不興を買っちまった……きっとみんな殺される!」
タークの両手がロキの首を抑えた。
「今からでも、お前を連れていけば許してもらえるかもしれない……」
「ぐっ……ターク……苦しっ……」
首が絞まっていく。ロキはタークの手首を掴み返すが、力が強くて引き離せない。タークは「連れていけば」と言っているのに、ロキの首を絞め続けている。とにかくオーディンにオメガを差し出せばいい、生きている必要はない、と思っているのか、それとも興奮と混乱で正常な判断ができなくなっているのかもしれない。
このままではタークに殺される。|顳顬《こめかみ》がはち切れそうなほどの苦しさの中で、その言葉が頭をよぎった。
ロキは衣服の腰に手を伸ばした。ベルトの後ろに忍ばせたナイフを逆手に握りしめる。少しだけ躊躇い、しかしやるしかないと強く目を瞑り、ナイフをタークの肩に突き刺した。
「ギャァッ!」
タークが叫び声を上げる。
肉を貫いた不快な感覚をその手に感じて、ロキは下顎を震わせた。
しかし怯えている場合ではないのだ。肩を抑えたタークの体を押し退けて、ロキはその下から這い出した。
「テメェッ‼︎ このヤロウッ‼︎」
怒号が背中に降りかかった。
殺されそうになったのも、人を傷つけたのも初めてだ。恐怖がロキの呼吸を荒くし、平衡感覚を奪っていく。
とにかくその場から逃げようと、ロキは絡まりそうな足を必死に前に出した。
「じいちゃん……どこっ、どこにいるのっ……」
「待てコラッ!」
タークは唾を撒き散らしながら、ロキの後を追ってくる。今にも飛びかかってきそうなその様子に、ロキは振り返ったことを後悔した。
前に向き直り、必死に走った。しかし、うまく足に力が入らず、このままでは追いつかれてしまう。
ロキはボロ小屋から離れ、転がるように坂を降りた。その先には川がある。やはりロキが逃げ込むのはそこしかなかった。
飛びつくように右手を伸ばし水面を掴む。そこから銀の鱗がロキの体を包んでいった。全身がポチャリと川の中に落ちる頃には、ロキの体は銀色の鮭になっていた。
変わる瞬間をタークに見られたかどうかはもはやどうでもいい。とにかくここから、この村から離れたかった。爺がいないこの場所に、ロキは少しの未練もないのだ。
このまま下流に流れよう。
川沿いにはきっと村や街があるはずだ。そこに辿り着いてから、爺の居所について考えればいい。
そんな風に算段しながら、ロキは流れに身を任せた。
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