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3-3.

 ロキは犬の背後を確かめ、さらに周囲を見渡した。男の姿がない。  白髪の男の代わりに目の前に現れたのは、白くて大きな犬だ。  しかも、気づいてしまったのだが、この犬の瞳の色はさっきの男と同じ、薄いブルーだ。 「いや、まて!」  ロキは強く目を瞑り、ぶるぶると首を振った。  昨日食べたものを思い出す。キノコは食べていない。幻覚作用があるようなものを口にした記憶がない。であれば、極度の疲労か、もしくは夢か。 「バウッフンッ!」 「いや、変な鳴き声……」  ロキは混乱しているというのに、あまりにも間抜けな声で犬が鳴くので、目元は涙を堪えるように歪みながらも口元はついつい笑ってしまった。  犬はそれが嬉しかったのか、プンプン尻尾を振っている。 「犬だ。お前は……犬」    目の前にいるのは間違いなく犬だ。さっきの男はきっと、昨夜色々あって心細くなってしまった自分が作り出した幻覚だ。  ロキはなんとか呼吸を落ち着け、胸元を抑えながら自分自身に言い聞かせた。   「悪いな、犬。俺はじいちゃん迎えに行かなきゃならないんだ。遊んでやる時間はない」  ロキは、冷静装いそう言い放つと、犬の体をどけて立ち上がった。  きた道を戻り、先ほど投げ捨てた靴を拾って足を突っ込み紐を結ぶ。さっさとこの場から立ち去るつもりだ。 「えっ、うわっ!」  しかし、ロキが靴紐を結び終わった直後、その体が地面から浮かび上がる。なぜ浮かび上がったのか。それは、ロキが抱き上げられたからだ。 「な、なんでぇっ!」  ロキの叫び声で、向こうの木々から小鳥が飛び立った。  ロキの体を抱き上げたのは、幻覚か夢だと結論づけたばかりの白髪の男だったのだ。男は赤子を抱くようにロキの体をしっかりと腕で固定すると、そのままさっきの小屋に戻ろうとしている。 「やっ、バカバカバカ! 下ろせって!」  ロキはジタバタと足を揺らすが、かえって男の腕の力が強まった。今度ロキは、拳を握り、それを男の肩に打ちつけた。 「やめろっ! 下ろせって! 変態!」  三度目に拳を打ちつけた後、ようやく男がピタリと足を止めた。ロキはさらにアピールするように体を揺らすと、男はゆっくりと地面にロキを下ろした。  男はやはりなぜロキが嫌がるのかと、不思議そうな顔をしている。男の手は、ロキの腕をガッチリと掴んでいた。 「わかった、一回認める。お前は、あれだ……人になれる犬……いや、犬になれる人? まあ、その、どっちかだな……うん、いい、それは認めよう」    ロキは自分に言い聞かせるように繰り返し、うんうんと一人で頷いた。  考えてみれば、ロキ自身も鮭に姿を変えられるのだから、犬になれる人(人になれる犬かもしれないが)がいても不思議ではないのだ。 「まあ、いい、それはわかった。わかった……でも、俺は、あの小屋には戻らないぞ? か、可哀想だけど、お前の世話?はできない!」  そう言い切ったあと、ロキは男の表情を見上げた。理解しているのかいないのか、やはり薄いブルーの瞳は不思議そうにロキを見下ろしている。  一人になったこと、一人でいなければいけないことを、犬は理解できていないんだろうか。   「俺は、行かなきゃいけないとこがあるんだ!」  可哀想に思うが仕方ない。  ロキはキッパリ男に告げると、掴まれた腕を振りとき、「じゃあな」と軽く手を振って川を目指して歩き出した。  一度だけ振り返ったが、男はロキの方をポカンとした様子で見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。

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