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3-7.
フェンリルは三人の神の器の一人だ。たしか昨日、鴉がフェンリルは狼だ、と言うようなことを言っていたのをロキは思い出した。
「フェンリルって、白い狼なのか? フェンリルは人間になれる?」
今度はロキがカウンターの向こうへ身を乗り出した。
「フェンリルは白い狼ってのは有名な話だがな、人になれるかどうかなんて聞いたことねぇよ。まあ、神の器ってんだから、それくらいできるんじゃねぇの」
店主はそれだけ言うと、あとはめんどくさそうにしっしとロキの前で手を払った。
「こいつがフェンリルだったら買い取ってくれるか⁈」
「バカかっ! フェンリルなわけねぇだろ! 帰れ!」
結局追い払われたロキは、犬(狼?)を連れて、換金所を後にした。銅貨五枚を握りしめて、ロキはのろのろと裏路地を歩く。
「なあ、お前……ほんとにフェンリルだったりする?」
「ワフワフ」
隣を歩く犬(狼?)は、ロキの言葉に尻尾を振った。
「なわけないか……」
ロキはつぶやき、けれどもう一度薄いブルーの犬(狼?)の瞳を覗き込んだ。
綺麗だ。人の姿をしていた時も、確かに常人ではない美しさと雰囲気があった。それはロキが知る絵物語に登場する奔放な神々の姿そのもののように思われた。それに普通の人間は、裸で走り回ったりしないのだ。
ロキは立ち止まった。あたりを伺い、人気のない路地に、犬(狼?)を連れ込み向かい合う。
「おまえ、フェンリルだな? 人間に、なれるもんな? こんなに大きいんだから、犬じゃなくて狼だもんな?」
「バウッフン!」
肯定するかのように犬(狼?)が吠えた。
「よし……よし、わかった。お前はフェンリルだ。裸の変態男でも、大きな犬でもなくて……人間の姿になれる神様の器、白狼フェンリル!」
「バウッフン!」
ロキは息を吸い込んだ。妙案が浮かんだのだ。
オーディンは器を創らせるためにオメガであるロキを連れ去ろうとした。
しかし、今目の前にいるフェンリル(仮)は前のオメガが創った器。そう、新しく作る必要なんてないのだ。すでに器がここにあるのだから。
オーディンは狼だからとフェンリルを捨てたらしいが、実は人間の姿になれると知れば、器として受け入れるに違いない。なんせ、あんなに美しい姿だったのだから、オーディンも文句のつけようが無いはずだ。
つまり、ロキの考えはこうだ。
爺のいるヴァルハラは上層にある。そこはオーディンのお膝元であり、ロキが近づけば、器を創れと捕らえられてしまうかも知れない。
そこで、フェンリル(仮)の出番だ。ロキは自分の代わりに先立ってオーディンに器であるフェンリル(仮)を差し出せばいい。そうすれば、オーディンはオメガに用は無くなるし、ロキもオーディンから逃げる必要もなくなり安全に爺を迎えに行けると言うわけだ。
こいつが本物のフェンリルかどうかは関係ない。要はオーディンがそう信じればいい。
きっとあの綺麗な人間の姿を見れば、誰でも……最高神オーディンでさえも、この白狼がフェンリルだと思うに違いない。ロキは根拠もなくそう確信した。
「完璧だ」
ロキは自ら企てた計画に、興奮する胸元を抑え深く息を吐いた。
「ワフウン?」
犬(狼?)改め、フェンリルはそんなロキをみて小首を傾げた。
「よし、フェンリル……いや、フェンでいいか。フェン! お前はこれから、俺と一緒に海をわたる!」
「ワフッ」
「そんで、神様のいる上層を目指す」
「ワッフフンッ」
「そんでそんで、オーディンの神殿で、お前は神様の器として(たぶん)幸せに暮らすんだ!」
「ワッフフーンッ!」
意味がわかっているのかいないのか、ロキが興奮気味に抱きしめると、フェンは変な声で鳴きながら、しっぽを左右にプンプン振った。
とりあえず、交渉成立といったところだろうか。
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