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5-1.歓楽街の夜
◇
「ロキ、牛は?」
少々焦れた様子でフェンが尋ねた。ロキはその問いに、わざと神妙な表情を作って首を振ってみせる。
「あのな、お前が無茶するから、儲けた金の半分近く置いてきちゃったんだぞ?」
それを聞いたフェンは不満げに口を尖らせた。
食堂から逃れ、今二人は街外れの建物の陰に身を潜めるように向かい合っていた。
夜も深まり、心なしかリドネブの街は先ほどよりもより情欲に塗れて浮き足立っているようだ。
「ほら、まだ塗り終わってないから、顔を上げろ」
ロキはそう言って、フェンの顎を指先でしゃくった。
巨人族との力比べに夢中になって、狼の姿になってしまったフェンだったが、今はまた人の姿に戻っている。
フェンが先ほどまで着ていた服はもともと小さくて布が弱っていたのか、狼に戻った瞬間ビリビリに破けてしまったので、フェンは今、手に入れた掛け金で新しく買った女性物の服を身に纏っている。それも娼婦が着るような露出の高いものだ。柔らかで滑るような質感の布地で、足元には深めのスリットが入っている。袖がなく肩を露出した作りなので、余計にフェンの筋肉が際立っていた。
「よし、プフッ、で、できた、クククッ、や、わ、我ながらじょうでブフフフフフッ」
ロキは我慢できずに肩を揺らして吹き出した。
ただ着替えただけでは、女の服を着た筋肉質の男だ。だからロキはあの林の小屋から持ち出していた小麦粉を、白粉 がわりにフェンの顔に塗りたくったのだ。さらに、その辺の低木になっていた赤い汁のでる実で頬紅と口紅を代用すると、巨人族御所望のデケェ女の出来上がりだ。
「それにしても、色男が化粧したとて美女になるわけではないんだな」
滲んだ涙を拭いながらそう言いつつも、きっとやり方次第なのだろうと内心思う。しかし、ロキには完璧に化粧を仕上げる技量も道具もなく、とりあえずはこれが限界だ。
最後に前髪をちょんと結んでやると、多少愛嬌が出たのでよしとする。
「ロキは? 塗らないの?」
ロキもフェンと同じ女性物の服に着替えていた。あくまでフェンの付き添いという設定なので露出を抑えた地味な服装だ。首元の詰まった白の開襟シャツと、丈の長い淡いブルーのスカートを合わせている。
「俺は良いの、こうして顔隠すから」
そう言いながら、ロキは先ほどの食堂でご婦人から拝借したショールをフードのように被って口元を隠すように巻きつけてみせた。
しかし、フェンは不満な様子だ。また口を尖らせながら、「ダメ、やる」とロキのショールを引っ張り引き寄せると、残った小麦粉をロキの顔に塗りたくった。
「え、わっ、いいって、あ、こら!」
一通りロキの顔を撫で回すと、フェンは満足したようだ。
鏡がないのでどんな様子か想像できないが、まあいい。
とりあえず、これで準備は整った。
ロキはフェンを連れて、ヨトの巨人族らが行くと言っていた裏路地の娼館を目指した。
すっかり夜がふけた街には、赤ら顔の男たちや、谷間を見せた娼婦たちが行き交っている。
そして、その誰もがフェンを見るとギョッと目を見開き、まるで見てはいけないものを見てしまったとでもいうようにすぐに視線を逸らしていくか、もしくは、俯いてくすくすと笑いを堪えていた。
ロキもフェンを見るとまた笑いが止まらなくなってしまいそうだ。だから、振り返らずそのまま前だけを見て歩き続けた。
目的の娼館の扉は開け放たれ、何やら人の出入りが激しいようだった。ヨトの巨人族らに媚びようと娘たちが集まっているのかと思いきや、それとは少し違うようだ。
下働きの男や、荷物を運び入れる様子の商人、それに混ざって中から出てくるのは、着飾った娘たちだった。娘たちの肩を落とした様子から察するに、ヨトの巨人族らのお眼鏡にかなわなかった者たちだろうか。
「すみません、こちらにヨトの方々がいらっしゃってると聞きまして」
娼館の受付に立つ口髭を蓄えたブラウンヘアの男に、ロキは尋ねた。できるだけ鼻に掛かった高い声を出したが、内心ヒヤヒヤとしている。
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