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6-2.

 馬に乗って先導していた黒髪の巨人族が通行証のようなものを見せると、街の城門はあっさりと開かれた。  荷車が門の中に入ると、すぐに街の向こうに水平線が広がっているのが見える。天気が良く一日の中で一番明るいこの時間、バルドルの残光を反射して輝くその光景に、ロキは呆然と口を開けたまま魅入っていた。 「ウテナは外界とミッドガルドの玄関口だ」 「ウテナ……?」  それがこの街の名前のようだ。 「ウテナ……? ウテナの……占いババア?」 「あ?」  呟いたロキに、ヴァクがなんの話だと眉を寄せた。ロキはなんでもないと言うように、左右に首を大きく振った。  玄関口というだけあって、ウテナは非常に栄えた街並みだ。  赤茶けた石造りの壁にカラフルな瓦屋根の建物が建ち並んでいる。  門を潜った瞬間水平線が見えたのは、この街並みが海に向かって段々と下がっているからだ。そのため、建物の間のあちこちに細い階段があった。  荷馬車は幅の広いスロープを通るため、建ち並んだ家の周りを左右に迂回するようにゆっくりと進んでいる。  海に近づけば近づくほど人が増え、あちこちに磯の香りが漂っていた。魚を売り買いする商人や、観光客と思しき人。その中に人間に紛れて逞しい体つきの巨人族が多くいることに、ロキは驚いた。  向こうのほうに砂浜が見えているが、馬車は手前の船着場で止まった。そこにはちょうど荷馬車と馬が乗り込めるほどの大きさの船が何艘か停まっていた。 「この船で外まで行くんですか?」  馬車から降りたロキは、ヴァクに尋ねた。 「まさか! こんなちっちぇのでいけるかよ。これで、沖の船まで行くんだ。でっけぇ船はこの港まで入れねえからな」  ロキにとっては十分大きな船に思えたが、海を越えるにはこの大きさでは不足らしい。  ヴァクが指差した沖合には確かに船が停まっていた。ここからではどのくらいの大きさなのかロキにはわからなかったが、他にもいくつもの小舟がそこへ向かって荷物や人を運んでいる様子だったので、かなり大きな船なのだろう。 「ヨトに着くまでどのくらいかかるんですか?」 「まあ、航路にもよるが、概ね一週間だな」  当然、船旅などロキにとっては初めてのことだ。しかしロキが胸に抱いたのは、不安よりも期待の方が大きかった。  リドネブの街で抱いた以上の興奮を、この海辺の街の光景に感じている。だからロキは足元が落ち着かず、胸元もやたらとふわふわとしていた。   「あの、ヴァク様、すぐにあちらの船に移りますか?」  他の巨人族らがせっせとそれぞれの小舟に娘たちを乗せたり、荷物を運び混んでいる様子を気にかけながら、ロキは尋ねた。 「できれば少し街で用を済ませたいのですが」 「あ? まあ、出航までまだ少しあるが……用とは何だ」  ヴァクは腕を組み、訝しげにロキを見下ろした。 「あ、えっと……この町に古い知人がおりまして」 「知人? お前、村から離れたことがないと言ってなかったか?」 「はい、ですので、もう長いこと会っていない方です。最後に挨拶だけでもしておきたくて」  ロキがそういうと、ヴァクは少しの間考えるように口を尖らせた。 「まあ、そういうことなら仕方ねえ、必ず時間までに戻ってこいよ?」 「はい! もちろん!」  ロキは大きく頷くと「いくよ」とフェンに手招きをする。そして、肩にかけた鞄の中に手を突っ込んで残りの路銀を確かめてから、さっさと町へと繰り出した。

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