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6-6.

  「いったい何だったんだ……」  薬屋を後にしたロキは男に手渡された透明な瓶を眺めながら呟いた。  それを自分への質問と思ったのか、傍でフェンが首を傾げている。  これ以上考えても仕方ないと切り替えて、ロキは薬をカバンに仕舞い込んで、今度は砂浜へと向かった。  煌めく水平線と、寄せては返していく穏やかな波を見て、ロキは胸をときめかせた。  砂浜では数人の子どもたちが、砂遊びをしたり、波打ち際で水を掛け合ったりして遊んでいる。  ロキはそこで靴を脱ぎ、鞄を置いて、下履きの裾を捲り上げた。  波打ち際に歩み寄る。湿った柔らかな砂に素足が沈み、そこに波がかぶさりザワザワと砂をさらって引いていった。そのくすぐったい感覚が不思議でたまらず、ロキはさらに歩みを進める。 「ハフゥンッ!」  フェンがはしゃいだ様子で前足を持ち上げ、パシャリと波を叩くと、ロキの顔にも水飛沫が飛んだ。 「うわっ、なんだこれ! ほんとにしょっぱい!」  顔を拭いながらロキが笑うと、フェンは気を良くしたのか、さらにバシャバシャと波を叩いた。 「あ、フェン! こら! あんまりそっちに行くなよ!」  波が引いていく方向にどんどん進んでいくフェンに焦り、ロキはその後を追いかけた。  海というのは進むほどに少しずつ深くなっていくようだ。ロキはいつのまにか腰のあたりまで水中につかり、柔らかい砂に足を取られて倒れ込んだ。急に水の中に落ちてしまって焦ったが、その体はすぐに抱き起こされた。 「ブハッ!」  塩辛い水を吐き出しながら、ロキは水面に顔を出す。  目元を拭い見上げると、ロキの体を支えたのは人の姿になったフェンだった。  光るような白髪の毛先は海水に濡れてピタリと首筋に張り付いている。水の滴る張りのあるフェンの肉体を、ウテナに降り注ぐ光が照らしていた。 「あ、ありがとう……」  ロキはその眩しさに、思わず視線を逸らした。 「ロキ! もっとあっちいこ!」 「え! わぁっ!」  水中で腰を抱え上げられ、ロキは咄嗟にフェンの首にしがみついた。幸い、深さがあるおかげで体の半分は水中に隠れてはいるが、フェンは全裸だ。体が密着していると、フェンのシンボルが太腿にあたり、ロキはいたたまれない気持ちになった。   「きもちい!」  しかしそんなロキの邪念は露知らずと言った様子で、フェンは片手で水中をかきながら、無邪気に笑んでいる。   「よしっ、フェン! 見てろよ!」  ロキは周囲の人がこちらに注目していないのを確認し、ザバリと水中に顔をつけた。体に銀の鱗を纏い小さく水面を掻いて尾ビレを生やし、ロキはその体を鮭に変えた。  歪む水面越しに見上げると、フェンが目を見開いて驚いているのが見える。ロキは得意げにグルグルとフェンの周りを泳いでみせた。  ーーパシャン!  動くものを追う本能が働いたのか、フェンが鮭のロキの体を掬い上げた。銀の鱗が中空に跳ねて、光を浴びてその身体を煌めかせる。水面に着地するのと同時にロキはその姿を人に戻した。 「こら、フェン! 食べようとすんな!」 「ロキ、すごい! すごいね!」 「うわっ!」  太腿を抱えられロキはフェンを脚の間に挟むようにぎゅうと抱き寄せられて、頬擦りされて顔中を舐められた。 「フェン、あのっ、うわっぶ、ちょ、やめろ、まて、んぶっ、舐めるな!」    しょっぱくないのかと思ったが、フェンは気にしない様子だ。  ロキはフェンの頬を両手で掴んで動きを制すと、「顔を舐めるな」と子供を叱るような口調で言った。 「なんで?」 「なんでってな……そのぉ、人間の姿でやると、違う意味になっちゃうだろ」 「違う意味?」 「そう、恋人じゃないと人間はこう言うことしないんだよ」  フェンはいまいち理解していないのか、瞬きをしながら首を傾げている。 「じゃあ、こいびと! 俺とロキはこいびと!」  またフェンがロキの口の端を舐めた。  ロキが「あ、こら!」と口を開くと、その舌は口内へと入ってくる。塩辛いが艶かしく動くその舌を、ロキは本能的に受け入れてしまった。 「ロキ、またこのまえみたいなの、したい」  薄いブルーの瞳に覗き込まれ、ロキの心臓が跳ね上がる。フェンがなんのことを言っているのか、ロキはすぐにわかってしまった。 「あ、あれは……もう、ダメだ、しない」  ロキは首を振り、俯いた。 「どうして? 気持ちいいってロキも言ってた」 「あ、あれこそ普通は恋人じゃないとやらないんだ」 「ロキと俺はこいびとでしょ?」  フェンの唇が、甘えるようにロキの下唇を食んだ。 「違う、フェン……俺たちは恋人じゃない」  押し寄せる本能を振り払いながら、ロキは語調を強めてそう言った。 「えー……」  フェンはどこか子供のように口を尖らせている。 「そろそろ、戻るぞ! フェン、ヴァク達の前ではその姿になるなよ?」 「はぁい……」  しおしおと瞼を伏せたフェンは、ロキを抱えたままザブンと水中に身を投げた。驚いたロキが再びしがみついたその体には、さわさわと水中に揺れる白い体毛を蓄えていた。  ロキがその背に捕まると、白狼は忙しなく前足で水中をかいて、砂浜を目指した。  

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