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6-5.
ヴァクに指定された時間までまだ少しあった。
海岸に向かって左右に迂回する緩やかな坂を、ロキはフェンと並んで歩いていた。
占いババアの家を出てから物憂げなロキの様子を心配しているのか、先ほどからフェンがロキの手をツンツン鼻先で突いてくる。少し湿ったその感覚に、ロキはふと笑みをこぼしてフェンの頭を撫でてやった。
「ちょっと寄り道して行こう、買いたいものがあるんだ」
ロキがそう声をかけると、フェンが「ゥワフゥン」と控えめに鳴いた。
港近くには出店や商店が立ち並び、その中の一角に目当ての店があった。
ロキが足を踏み入れたのは薬屋だ。
独特な香りのする店内には、ミッドガルドの中だけではなく、おそらく外界から持ち込まれたと思われるありとあらゆる薬が、壁いっぱいにびっしりと並べられており、ロキの他に数名の客がその棚を見上げている。
多くの種類を並べているせいか店内の通路は狭く、フェンの入る隙はない。可哀想に思ったが、また店の外で待つようにと言いつけ、ロキは店内を物色した。
「睡眠薬……に、下剤……はあまりにも可哀想か……」
ぶつぶつと呟きながら棚を指差していると、ふとすぐ隣に気配を感じ、ロキは顔を上げた。
「あ、あの……なにか?」
長身の男がじっとロキを見下ろしていたのだ。
男は港町には似つかわしくない濃紺のローブを纏い、金色の艶やかな長髪を惜しげもなくその背後に垂らしていた。首元には変わったデザインのチョーカーを付けている。
「何かお探しかな?」
男は穏やかな口調でロキに尋ねた。その表情は微笑を浮かべているが、どこか表面的な感情を貼り付けているかのようだ。
なるほど、愛想笑いの店員か、とロキは男に頷きを返した。
「この薬は巨人族にも効くかな?」
ロキは睡眠薬を指差して言った。
男は口元に気味の悪い笑顔を貼り付けたままロキの指先を確かめた。男は頬骨の目立つ輪郭に、少し不自然に感じるほどの金色の大きな瞳で、どこか人外めいた雰囲気を漂わせている。
「巨人族……を眠らせたい?」
男はもう一度ロキに向き直り、表情を変えないまま首を傾けた。
「あ、そ、そう。俺の主人は寝つきが悪いらしくて」
ロキは焦り取り繕った。男の言うように「眠らせたい」が正しいが、その言い方ではきまりが悪い。
「だったら、こちらの方がいい」
そう言って、男は隣の棚に手を伸ばした。
その手があまりにも青白くてロキは一瞬息を止めた。
男の青白い手は薬の瓶を手に取ると、それをロキに手渡した。茶色い遮光瓶の中には小さな薬の粒がいくつも詰め込まれている。
「あ、ありが……ひっ」
礼を言おうと顔を上げたロキはまた息を止めた。
さらりと流れる長髪の隙間から見えた男の首。チョーカーだと思っていたそれは、皮膚を縫い合わせたような傷跡だったのだ。太い糸でジグザグに縫い付けられたそれは、背後までは見えないがおそらく首周りを一周しているんじゃないかと思われた。まるで首と体を繋ぎ合わせたかのように、ちょうど縫い目の上下でほんの少し肌の色が変わっている。
男はロキの視線に気がついたようだが、それでも微笑を崩さないまま、ただ目元だけを薄く細めた。
「他には?」
また穏やかな声音で、男はロキに尋ねた。
「いえ、ほ、他は……大丈夫……」
ロキが答えると、男はまつ毛を伏せて息を吐くように小さく笑った。
「君にはこれが必要だ」
そう言って、男はローブの袖口からいくつもの粒が入った透明の瓶をロキに手渡してきた。
「え? こ、これは?」
受け取った瓶を眺めながら、ロキは男に尋ねた。瓶にはラベルがなく、得体がしれない。
「オメガの香りを抑える薬、これを飲めば無意味に孕むこともなくなる」
「……えっ⁈」
ロキは驚き、薬の瓶から顔を上げた。
「君の香りは人を誘ってしまう、君にはそれが必要だろう?」
男は意味深に言葉を紡ぐが、多くを語るつもりはないようだ。
「あんた……いったい……?」
ロキがそう問うと、男はまたクスリと笑った。
「ガイド、とでも名乗っておこうか」
「……案内人 ?」
男はコクリと頷いた。
ロキはもう一度手にした瓶に目を落として、その中身を振ってみる。薄いピンク色の錠剤が中でぶつかり合ってシャラリと音を鳴らした。
「なぜ、オメガのことを……」
そう言いながら、顔を上げると男の姿はすでに目の前から消えていた。
ロキは店内をぐるりと見渡したが、どこにも男の姿は見当たらなかった。
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