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8-1.朝が来ない

 ◇  ぶるりと体が震えて、ロキはゆっくりと覚醒した。  頬に細かな砂の粒が擦れ、握りしめるとそれが指の間を滑る。  寄せては引いていく波の音が寂しげに感じたのは、早朝のようにあたりが薄暗いのと、この場所が残骸の打ち上げられた誰もいない砂浜だったせいだろう。  砂の上に手をつき体を起こす。吐く息が白かった。服も髪もずぶ濡れで、体が震えたのは寒さのせいだったのだと気がつく。下顎が勝手に震えるその体を、ギュッと丸めながら、ロキは首を動かし辺りを見回した。  数メートル先の波打ち際に、フェンが横たわっている。人間の姿で綺麗なはずの白い髪も服も砂で汚れてずぶ濡れだった。  ロキは這うようにしてフェンに近づきその体を抱き起こした。座り込んだ膝の上にフェンの頭を乗せて、その頬に触れると恐ろしく冷たい。かろうじて息はしているが、唇は血の気を失い紫だった。  ロキ自身も体が寒さでガクガクと震えている。このままここにいてはダメだと思い、ロキはフェンの腕を肩に回して立ち上がった。水に濡れたフェンの体はおそらく普段よりももっと重さがあるだろう。  ロキは引きずるようにして、必死に波打ち際から遠ざかった。  どちらに行けばいいかわからない。  とにかく寒さを凌げるところに行かなければと、周囲を見渡すと、砂浜と薄暗い早朝の空気に溶け込んでしまいそうなほどに、白い男が立っていた。  ロキはその男に見覚えがあった。ウテナの薬屋で会ったガイドだ。あの時は黒いローブを着ていたが、今は真っ白なローブを着ている。真っ直ぐに伸びた金色の長髪を見て、ロキはハッと息を飲んだ。 「あ、あんたが助けてくれたのか?」  ロキが尋ねても男は頷くことはしなかった。そのままただ口元に微笑を湛え、白樺の小枝のような長い指でスッと前方を指差した。海岸沿いの砂浜の先を示している。 「あっちに行けってこと?」  ガイドはまた頷かないまま、ゆっくりと瞬きをした。  他に当てもないロキは男のに従うことにする。フェンを担いだまま、おぼつかない足取りで砂浜を進んだ。  ガイドはただひたひたとロキの後を着いてきていた。幻かとも思ったが、それにしては繋ぎ合わせたような首の縫い目がリアルだ。  またしばらく進んでからロキが振り返ると、そこにはもうガイドの姿はなかった。  ガイドがいったい何者なのか考える余裕もなく、ロキはまた前方に向き直る。  救いの兆しは直ぐにみえた。  視界の先で煙が上がっている。誰かが焚き火をしているのだ。  ロキの足取りは早まった。重たいフェンの体を必死に引きずると、やがて視界には砂浜から一段上がった地面に被さる巨石が見えた。煙はどうやらその下から立ち上っている。雨風を凌そうなその場所で、誰かが野営をしているだろうか。  さらに歩み寄ると人影が見えた。一人の男がこちらに気付き、驚いた様子で駆け寄ってくる。 「大丈夫かっ⁈」  という声を聞いて、張り詰めた糸が解けるように、ロキはその場に膝から崩れ落ちた。

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