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8-4.
トールはロキたちの衣服が乾くまでの丸一日ほどの間、巨石の下で火を絶やさずに共に待っていてくれた。
温かいスープやパンや干し肉などの食料までも分けてくれて、さらに出発の時には帽子や手袋などの防寒具まで貸してくれたのだ。帽子には耳当てが付いていて、それを垂らすと冷たい風を防いでくれる。
トールは二頭の馬が引く幌馬車の御者台に座り手綱を取っている。ロキたちは馬車の中に収まっていた。
先を急がない旅というわけではないようだったが、馬達は時々草を喰みながら、驚くほどのんびりと進んでいた。
「ヨトは雪国だときいたけど、ここは降っていないんだな?」
幌馬車から御者席に身を乗り出して、ロキは尋ねた。
「ここはまだヨトではないよ」
トールの言葉にロキは眉を上げた。
振り返ると、ロキの後ろから外を覗き込んでいたフェンも同じような顔をしている。
船はヨトに向かっていたが、どうやらロキたちは潮の流れのせいで、違う場所に辿り着いてしまったらしい。
トールは後ろ手に、巻いた書物を手渡してきた。
ロキは乗り出していた体を幌馬車のなかに戻して座り込むと、フェンと一緒にそれを広げた。
羊皮紙には雨風に何度も晒されたのかところどころにシミができている。中央に大樹が枝葉を広げる様が描かれていることから、それがこの世界の地図なのだとすぐに理解できた。
「中層の地図だよ。南にある大きな水たまりの中にあるのが、君たちのいたミッドガルドだ」
トールの言うように、地図の下の方にくすんだブルーのなかに小さな島が描かれている。海を表しているであろう部分にはぐるぐると渦巻く波や大きな蛇が描かれていた。
「今俺たちがいるのは、海峡をユグドラシルに向かって渡った東寄りの場所だね。ヨトにもほど近いけど、まだスヴェルトの領域内だ」
「スヴェルト?」
ロキは地図から顔を上げた。
ずっとミッドガルドの田舎の村で暮らしていたロキの外の世界についての知識は曖昧だった。
「そう、スヴェルトだ。スヴェルトアールヴ……えーっと、ドワーフたちの暮らす地といったらわかりやすいか?」
「ドワーフ‼︎」
ロキは思わず身を乗り出した。急に耳元で大声を出されたトールはピクリと肩を震わせた。
「ドワーフってあのドワーフ⁈ こぉんなに小さくて、耳が尖って髭の生えた鷲鼻で、三角帽子のドワーフ⁈」
ロキが目を輝かせると、何故かフェンも嬉しそうに隣で目を輝かせていた。トールは興奮したロキの様子に思わず笑いをこぼしている。
「ミッドガルドではドワーフの姿はそんな風に伝えられているのか」
「ああ! 昔読んだ絵本によく出てきた!」
またトールがロキの言葉に笑いをこぼした。
「確かにドワーフは総じて小柄だが、みんなが髭を生やして、三角帽子をかぶっているわけではないよ。人間と同じでいろいろな個体がいる」
「そーなのか……」
昔、爺が写本の仕事で請け負っていた絵本の中に描かれていたドワーフたち。彼らはちょっと偏屈だけど、気が優しくてグルメだった。
ロキは胸元を抑えた。
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