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9-3.
馬と馬車はその場に置いて、トールが武器と松明だけを携え、一行は街へ向かって坂を降りた。
崩れた石材はどれもまだ新しく、ついこの間まで家の形を成していたのだろう。
ところどころに生活を匂わせる食べ物の残骸や衣服が残されている。鳥や牛が破片を受けて傷ついた状態で息絶えていたが、まだ朽ちていないのは、ヨトを包む深い雪の寒さのせいだろうか。
瓦礫の破片を避けながらおそらく道だったであろう場所を進むと、しばらくして比較的高さのある建物に囲まれた広場に出た。(もしかしたらもともとは広場ではなかったのかもしれない)
そこでトールが立ち止まり、見上げた先に落とし物があった。
巨人族らの身長よりもさらに長い巨大な槍が垂直に地面に突き刺さっている。
周辺は大きな窪みをつくってひび割れていて、その巨大な槍はまるで天空から投げ落とされたかのようだ。
「あれは……?」
その情景に驚愕しながら、ロキはトールに問いかけた。
「グングニルの槍だ。我が主人、オーディンの落とし物だ」
オーディンの名に、ロキはゴクリと唾を飲み込み、フェンの手を握る力を強めた。
無意識に後ずさったのと同時に、雪の落ちた地面を踏み鳴らす複数の足音が聞こえ、ロキは顔を上げた。
崩れた建物の上に、こちらを取り囲むようにずらりと人影が並んでいる。何人かが松明を掲げていて、その大きな体と衣服の特徴で彼らが巨人族であることが見て取れた。
「ヨトの巨人族⁈ 生きてたのか!」
ロキは声を上げた。
建物の上部から、影の一人が一歩前に踏み出した。
焔の髪が松明に照らされ、ロキは咄嗟に着ていた上着の襟元を手繰り寄せて帽子を目深に被り直す。
そこに立っているのは、大蛇に襲われた船で別れたヴァクだったのだ。どうやら船はヨトの港に辿り着いていたらしい。
「必ず槍を回収しにくるかと思っちゃいたが、まさか雷神がくるとはな」
ヴァクの腹から絞り出した低い声が、広場に響き渡った。彼は大鎌を握りしめ、怒りに眉を寄せ口元を歪めている。その視線の先には悠々と佇んだトールの姿があった。
「あんなに生き残っていたのか、面倒だな」
トールの呟きが聞こえ、ロキは息を飲んだ。
トールの手が腰に携えた剣の柄に触れると、空気が一気に張り詰め、建物の上の巨人族の影が一斉に腰を低くして身構えた。
「ロキ、時間はかけない。槍を回収したら速やかに馬に乗って逃げるぞ」
「え?」
「さっきの場所に戻っていろ」
トールは元きた道、後方を顎で指し示した。
「おい待て、ロキと言ったか?」
ヴァクの影が、建物の上部から飛び立った。
ドサリと音を立てて地面に着地すると、焔の瞳が松明に照らされたロキの表情を捉えた。
「ロキ! おぉ! ロキじゃないか! おまえ、生きてたのか!」
その表情は歓喜に揺れている。
どうやらヴァクは、ロキは船から投げ出されて死んだと思っていたようだ。
「なんて奇跡だ! 俺の可愛いロキ! もう心配いらないぞ、早くこっちに来い!」
そう言ってヴァクが一歩ロキに向けて踏み出した。その間に剣を構えたトールが立ちはだかる。
「あ?」
ヴァクの眉が苛立ちで歪んだ。
「族長の息子よ。貴様らのオーディンのオメガを奪おうなどという浅はかな行為が、この事態を招いたことを理解していないようだな」
トールの声音は相変わらず穏やかだ。
ロキはその背後に隠れ、フェンの手を握ったまま、さらに後ずさった。
「オメガ……だと? ロキが、オメガ?」
戦慄く声にロキは恐る恐るヴァクの様子を伺った。その表情は懐疑を浮かべた後、身構えるようなロキの様子をみて怒りに色を変えた。
「ロキ! てめぇ、騙しやがったのか!」
地を這うようなヴァクの声に、ロキは肩を震わせた。
「俺を欺いて、利用して外まで運ばせて……この雷神と合流するつもりだったってことか……」
大鎌の柄を手元で握り直し、ヴァクは体勢を低くした。襲いかかってくる気配を感じ、ロキは踵を返して走り出す。フェンの手を引いて転がるように雪を踏み締め、トールに示された丘の上を目指した。
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