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9-4.

 「待て!」と低く叫ぶ声がした後、刃がぶつかり合う甲高い音が鳴った。それを合図にしたかのように、鬨の声が上がる。  ロキは思わず振り返った。  建物の上部にいた巨人族の影が、トールめがけて刃を振り上げながら落ちていく。  足元がもつれてバランスを崩したロキを、フェンが抱え上げた。そのおかげでどうにか体制を立て直し、ロキとフェンの二人は丘の上を目指して走り続けた。  しかし風を切る音が聞こえた直後、進行方向に大鎌が突き刺さり雪の飛沫をあげた。  立ち止まり振り返ったロキの元に、瞳を燃え上がらせたヴァクが飛びかかってくる。  フェンが庇うようにロキを抱きしめたが、ヴァクの手がこちらに届くより前に、横から飛び出したトールがヴァクの体を突き飛ばした。ヴァクの体は雪を巻き上げながら数メートル滑っていく。 「早くいけ!」  トールが声を上げた。  ロキは頷きまた走り出す。  トールは腕が立つようだったが多勢に無勢だ。このままではおそらく巨人族らに制圧されてしまうだろう。 「フェン、丘にたどり着いたら、馬に乗ってそのまま逃げるぞ」 「えっ⁈ で、でもロキ馬に乗れるのっ⁈」  ロキは奥歯を噛んだ。  乗ったことはない。しかし乗っている姿を何度か見ていた。見様見真似でどうにかするしかない。  そう思った瞬間、目の前が突然ピカリと光り、上空に唸り声が鳴り響く。直後何かを引き裂くような大きな音で、ロキはそれが雷鳴だと気がついた。  空間を這うその光は、西方の雪山に突き刺さった。その箇所に雪が舞い上がる様が暗闇に浮かぶ、そして低く地面を削るような音とともに、空気が揺れ動いた。 「雪崩だ!」  誰かの叫ぶ声が聞こえた。  稲妻の刺さった雪山から大量の雪が波のように滑り降りてくるのが見える。岩を飲み込み、わずかに生えた木々を飲み込んでいくその様に、周囲は騒然と悲鳴を上げた。 「嘘だろっ! やばいっ!」  ロキはフェンの手を引き走り続けた。  どうにか丘にたどり着かなければ、そう思って見上げたロキの視線の先に馬の姿が小さく映る。しかし、その直後、誘発した雪崩が馬と馬車を飲み込んでいくのが見えた。  もうダメだ、と思う間もなく、地響きがすぐ近くに迫った。  その瞬間、フェンがロキを抱えて大きく体を捻った。  ロキの体が中空に投げ出される。その下を、雪の大波がさらった。フェンの姿がのまれていく。  ほんの数秒のち、ロキの体は雪の流れの上に着地した。体はごろごろと押し流されて、木や岩にあちこちがぶつかるが、うめき声をあげる余裕もない。  ようやくロキの体が止まる頃には、雪に飲まれて上も下もわからなくなっていた。  ロキはどうにか体をばたつかせ、雪の外に腕を出した。それを頼りに体をよじり雪上に這い出した。帽子は失って、ぶつけた頭部から流れた血が雪の上に落ちている。他にも擦り傷や打ち身があるのかあちこち痛んだ。しかしそれに構うより先に、ロキは周囲を見渡した。  一面雪に覆われている。  かなり大量の雪に押し流されたようだ。向こうに見えるヨトの街の瓦礫も、半分近い高さまで埋もれてしまっていた。 「フェン……どこだ……フェーン‼︎」  ロキは叫んだ。誰の返事もない。  あの時咄嗟にフェンに中空に投げ出されたロキよりも、フェンの体は深く埋まってしまったのかもしれない。

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