80 / 155

11-6.

「あれぇ? もぉーあんた、服どこやったのさぁ」  青白い顔の男がちょっと休憩と、台車を止めて振り返った。上半身の衣服を着ていないフェンに気がついた男は首を傾げた。 「汚れたから捨てた」 「はぁ? 台車に乗ってただけで、なんで汚れんのさぁ」 「それはロキと……うぐっ!」  馬鹿正直に男の質問に答えようとしたフェンの口を、ロキは慌てて塞いだ。ロキ自身はすでに何事もなかったかのように衣服を整えている。 「汗かいたらしくて、こいつ代謝がいいから」 「もぉ、予備ないからそのままでいろよぉ」  ロキの言葉に、青白い顔の男はため息をついた。 「フェン、寒くないか?」 「うん、大丈夫、なんかここ、寒いも熱いも感じない」  フェンはロキの体を背後から抱きしめながら、そう言った。  確かにフェンの言う通りだ。ここに落ちる前のヨトは冬に包まれひどく寒い場所だったと言うのに。 「あー、ここさぁ、すっごい熱いのと、すっごい冷たいののちょうど真ん中だからぁ」  二人の会話を聞いていた青白い顔の男が言った。 「真ん中?」  ロキは尋ねる。 「あー、説明すんのめんどくせぇ、まぁ、極寒の地と煮えたぎる泉のちょうど真ん中ってこと」 「え、ぜんぜんわかんないんだけど」 「あーめんどくせっ」  青白い顔の男は台車を引き始めた。ガタガタキコキコ車輪がなる。  結局めんどくさがるなら、話に入ってこなければいいのにとロキは思った。  またしばらく台車が進むと、視線の先に一筋の光が見えてくる。徐々に近づくと、それが一本の道であることがわかった。暗闇の中に唯一伸びたその一本の道には、よく見るとロキたちと同じ黒い衣服に身を包んだ人影が列をなして歩いていた。 「あ、あれって死者の列?」  ロキは縦格子を握り、顔を押し付けそう尋ねた。 「うん、そう」 「あれに俺たちを戻すって?」  そう重ねて聞くと、男は一瞬振り返り、「あー」と何か考えるように中空に視線を滑らせた。 「先にイッヌをヘルちゃんとこつれてくわ」 「ヘルちゃん?」 「うんー、そぉ、ヘルちゃん」  またどうせめんどくさいと言われそうなので、ロキはそれ以上の質問を止めた。  台車は死者の列に近づき、一筋の道からは外に外れて、その列に沿って進んでいる。  ロキはその死者の列を眺めた。皆同じ服を着て、前方を向いてはいるが、その表情は戸惑っていたり諦めたように空だったり怒っていたりと様々だ。 「なあ、フェン」 「うん?」 「お前の父親、この中にいるんじゃないか?」 「父親?」 「ほら、小屋の隣に一緒に埋めただろ?」 「ああ」  フェンはまるで忘れていたとでも言う様子だ。 「あの人、父親じゃないよ」 「え? じゃあなに? やっぱ飼い主?」 「うーん、そうかな?」  フェンは首を傾げながら曖昧に答える。 「一緒に暮らしてたんだろ? 会いたいとかないのか?」  ロキがフェンの顔を覗き込むと、フェンは不思議そうにぱちぱちと瞬きをした。 「どうかなぁ? 暮らしてたっていうか、俺ずっと狼の姿のままで繋がれてたし」 「繋がれてた?」 「うん、首輪つけられてあの小屋の脇に」 「ずっと犬として扱われてたってこと?」 「うん、でも、ご飯はくれたけど、撫でたり遊んだりはしてくれなかった。それに、俺のこと好きにならないようにしてるみたいだったから、俺もあんまりあの人のこと考えないようにしてたよ」  あまりにフェンがなんでもないことのように淡々と答えるものだから、ロキは戸惑い腰に回されたフェンの腕をぎゅうと握った。 「どれくらいの間? 何年も?」 「わかんない、数えてなかったから」 「その前は?」 「その前は覚えてない。物心ついた時からあそこにいた」  フェンの人間の姿が生きてきた年数に沿うものだとしたら、少なくとも十数年は繋がれていたと言うことだろうか。

ともだちにシェアしよう!