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12-1.門番
台車が道に沿ってさらに進むと、明らかに死者の列が詰まり始めているのがわかる。のろのろと進んでいた彼らの足取りが、前が進まないせいで立ち止まっているようだ。
道はその先で閉ざされていた。
壁などがあるわけではなく、ただ道の先に黒く重苦しい装飾の施された扉が立ちはだかっているのだ。扉の上部には大きな歯車のような仕掛けが見える。それが回るたびに、扉の中心についた|秤《はかり》の装飾がパタパタと揺れていた。
ここは『極寒の地と煮えたぎる泉のちょうど真ん中』だと先ほど男が言っていた。
死者が扉を通る際、この秤が右に振れるか左に振れるかで行き先が決まるのだろうと、ロキは勝手に想像した。
「へぇ~るぅ~ちぁ~ん!」
青白い顔の男が呼びかけ続ける先には、一人の少女がいた。少女は大きな扉の脇にある不自然に隆起した岩の上に座している。岩の高さは顎を傾け見上げるほどで、いったいどうやってあそこまで登ったのかと思うほどだ。
少女は日の当たらないこの場所にふさわしく青白い肌を持ち合わせ、腰あたりまで伸びた長い真っ黒な頭髪を頭の両脇で高く結んでいる。
体に纏わりつくようにピッタリとした黒い衣服は胸より上の素肌が見えるデザインのマーメイドラインのワンピースだ。幼い顔立ちではあるが、ふくよかな胸元を持ち合わせている。|虚《うつ》ろな目元とくっと上がった眉毛の対比が印象的だ。
「ガルム! あんた、このクソ忙しいのに何ちんたらやってんのよっ!」
驚くほどに口元を歪めながら、少女は言った。
ガルムというのは青白い顔の男の名前のようだ。
少女は岩の起伏に左手を置きながらもう一方の手に握っていた書類の束をバシリと地面に叩きつけた。
「ヘルちゃん、ごめんよぉ! でもね、でもね、いいもの拾ったんだよぉ? ヘルちゃんきっと気にいると思うなぁ?」
ガルムはそう言いながら、台車の持ち手を下ろすと、ご機嫌に飛び跳ねるようにロキとフェンの入った檻の横に回り込んだ。かけていた鍵を開けると、「さぁ、降りて!」とフェンの手を引いた。
言われるがまま、フェンは檻の外に這い出した。ロキもその隙に檻の外へと出る。
「ヘルちゃん、ヘルちゃん、こいつね、イッヌなんだよぉ! でっかい白イッヌ!」
「白いイヌぅ?」
ガルムの声に少女は鼻筋にシワを寄せ、眉を片方だけ歪めながら、体を前に乗り出し、高い位置からフェンのことを覗き込んだ。
「白は嫌いよ、黒がいいの真っ黒いの!」
「で、でもね、ヘルちゃん! こいつすごくデカいんだ! きっとヘルちゃんを乗せてどこまでも走れるくらいにねっ!」
ガルムが言うと、少女はフンと鼻を鳴らした。
そして突然肘掛けに手をつき力を入れると、その体がこぼれ落ちる。ロキはあっと声を上げたが、まるでいつものこととでも言うように、ふらふらとそれを受け止めたのは細い体のガルムだった。
あんなに細い腕にどこにそんな力があるのかと驚くが、ガルムは少女の体を横抱きにしたままきちんと地面に立っていた。でもよく見ると、膝がガクガク震えている。
「黒がいいって言ってるでしょ! アタシはあんたみたいな真っ黒が好きなのよ!」
「えっ、そ、そんなっぁ! へるちゃんったらぁ~!」
少女の言葉を受けたガルムは、突然天に向かって雄叫びを上げ、その体をぐるりと翻した。
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