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13-2.
猪は頭を振り乱し象牙色の牙を突き上げたかと思えば、後ろ足を揃えて何度も空を蹴っている。
猪の首にしがみついた少年の体は上下左右に振り回されて、ついに宙に投げ出された。
ごろごろと草花の上を転がる少年を置いて、金の猪は「フゴフゴ」息を荒げ、木々の合間へと消えていった。
「お、おい……大丈夫か?」
ロキが手を貸そうと歩み寄ると、突然少年はむくりと体を起こし、猪の去った草むらに手を伸ばした。
「あぁ、グリン! まって、まってよぅっ!」
声を震わせ、訴えかけるその声は、果たして届いただろうか。向こうから「フゴフゴ」聞こえた気がするが、猪が戻ってくる気配はない。
少年は草の上に座り込んだまま、べそべそ目元を拭っている。少年の栗色の頭髪はボサボサの癖っ毛だ。細い手足に、白い肌、頬にはそばかすが浮いていて、ちょこんと慎ましい鼻尖の下から、鼻水がずるりと垂れている。髪と同じ色のその瞳は今は目元を赤らめ涙で濡れていた。
「うぅっ……いたっ……痛いぃ……」
少年は盛大に洟をすすると、はたとロキらに気がつき動きを止めた。数拍空けたのち、徐に立ち上がり、膝を払うと取り繕う様に、口元で拳を作りゴホンと咳払いをした。
「なんだ、お前ら何者だ? ここはぼ……私の所有する庭のはずだが、一体どこから入り込んだのだ?」
尊大な口調だが、その姿が幼くどこか舌足らずな喋り方が憎めない。
少年は緑青色の下履きを皮革の編み上げブーツに入れ込んでいる。その小さな体を包む焦茶色のローブには、つぎはぎされた様にたくさんのポケットがついていて、そのいくつかはパンパンに膨れ上がっていた。
ロキとフェンは黙ったまま顔を見合わせた。ここは上層、いわばオーディンのお膝元だ、相手の出自がわからない以上、素直に素性を明かすべきではないだろう。
「えっと……俺たちは……」
言い訳を考えつつロキが口を開くと、唐突に少年の栗色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開いた。
「まて、おまえら、それ、そ、それは……もしや、冥界のドラゴン、ニーズヘッグではないか⁈」
鼻腔を膨らませた少年の瞳はユグドラシルの光を反射し煌めいている。
ロキが答えに躊躇っているうちに、少年は転がる様にドラゴンの体に飛びついた。
「まちがいない! この至極色の飛膜に、蛇の様な尾、琥珀の眼球に深緑の瞳! パ……父が残した記録通りだ!」
少年はニーズヘッグの姿に臆することなく指骨を掴んで引っ張り羽を広げてみたり、薄く開いた瞼を持ち上げたり。しかし、ニーズヘッグは争う気力もないのか、ただ「ピュォッ」と小さく息を吐くばかりだ。
「うむ、冥界然としたその陰気な装いから察するに、ニーズヘッグはおまえたちを運ぶためにここに来たということかな?」
少年は顎に手を当て、ロキとフェンを交互に上から下まで一瞥した。
ロキは少し躊躇いつつも、静かに頷きを返す。ロキのその答えを受けても、少年は敵意を示さなかった。
「そいつ、ここについた途端へたり込んじゃってさ、具合わるいのかな?」
ニーズヘッグについて、ロキは少年に尋ねる。
「うむ、どうかな。家に戻れば、パ……父の遺した文献がいくつかあるので調べてみるか」
少年はニーズヘッグの頭をゴシゴシ撫でると、その体から飛び降りた。そして、運ぶには大きいニーズヘッグに「少し待ってろ」と告げ、先ほど金色の猪が走り去った林の中へと進み始める。
「何をしている?」
草を掻き分ける少年の背中をぼんやり眺めていたロキとフェンを少年が振り返った。
「突っ立てないで、着いて来んか! そんな貧相ななりでぼ……私の庭を彷徨くでない!」
どうやら家に来いと言っているようだ。
ロキとフェンはまた顔を見合わせ、お互いに頷くと、いそいそと少年の後に続いた。
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