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13-6.
ミーミルの予言は絶望的だ。生き残るための戦いなのに、誰一人として生き残らないと言うことらしい。
「それなのに、どうしてオーディンは戦おうとするんだ……」
ロキはスープを掬い上げながら呟いた。
「予言は絶対ではないと考える者も多いわ。最悪の予言を覆すために、きっとオーディンたちは手立てを探してるのよ」
「だから、強力な器を作るために、オメガを探しているということか」
つい口走ったロキの言葉に、レイヤはピクリと反応を示した。
「あなた、ミッドガルドの籠の鳥かと思ったら、オメガのことは知ってるのね?」
「あ、ああ、噂をきいて」
ロキは慌てて誤魔化すように、シチューのカップを持ち上げかきこんだ。
「さっき話に出たロキって大罪人はね、そのオメガだったのよ」
レイヤの言葉に、勢いよく息を吸い込んだロキの喉に、咀嚼しないままのカブが突然流れ込んだ。危うく喉を詰まらせかけてロキが激しく咳き込むと、レイヤがすかさず水を注いだグラスを差し出してくれた。
「私も昔一度だけ見かけたことがあるわ。アースガルドに来たばかりの頃に、神殿でね。なんか透けるように儚げで、オメガって美しいんだなって思ったわ」
「えっ、お、オメガが神殿にいたの?」
「そうよ」
ロキは混乱した。自分と同じ名前で、同じオメガがかつて神殿にいたという。
「その、オメガのロキはいったい何をして大罪人って呼ばれるようになったの?」
ちょうどロキが尋ねたところで、フェンのスープが空になったようだ。レイヤはすかさずカップを引き取ると、またそこにスープを注いでフェンの前に置いた。
「黄昏の原因を作ったのは、ロキよ」
レイヤがいうのは昔神殿にいたロキのことだが、自分が責められたような気がして、ロキはぐっと息を飲んだ。
「でも、黄昏の原因はバルドルが冥界に落ちたからだって聞いたけど」
バルドルという光の神がいなくなったことで、もともと太陽の当たらない中層に朝が来なくなり、長い冬がヨトやスヴェルト、やがてはミッドガルドまでもを覆い尽くそうとしているのだ。
「バルドルを冥界に堕としたのはロキなの」
「え、な、なんで……そんなこと?」
ロキの問いにレイヤは首を横に振った。
「わからない。その頃にはパパは亡くなった後で、私もフレイももうここで生活していた。でも、オーディンと仲の良かったバルドルに嫉妬したなんて話を聞いたわ」
「そんなことで、相手を冥界に落とすなんて」
「その話が事実かはわからない。でも、バルドルが冥界に落とされたことで、ロキは神殿を追われたのは確かよ。オーディンがグングニルで貫いたって話や、バルドルを探させるために冥界に突き落としたなんて話もあるけど、最高神の不興を買ったのだから、もう生きてはいないでしょうね」
そしてオーディンはオメガを失ったというわけだ。
そこではたと気がつき、ロキは隣で呑気にシチューを頬張るフェンを見た。フェンはロキの視線に気がつくと顔を上げて瞬きしている。
「あ、あのさ、その神殿にいたオメガって器を創ったんだよな?」
「ええ、創ったわ。不思議よね、ロキは男の体だったけど、話によると腹から産むんじゃなくて、血や肉から作るなんて話も……」
「そ、それってさ! その器って……どんな」
ロキはレイヤの話を遮り、テーブルに手をつき身を乗り出した。
「どんな? えーっとね、三人いたわ。私は会ったことないけどね? ヨルムって蛇と、ヘルって女の子、それから白狼のフェンリルね」
「えっ?」
不意に名を呼ばれたフェンが、反応を返した。
余計なことは言わないようにと、ロキはフェンの膝に手を置き、一瞬だけ目配せをする。
「どの子もロキの背信に怒り狂ったオーディンが癇癪起こして下界に投げ捨てたって話よ」
その話は鴉が言っていた内容とほぼ一致する。
ロキは頭の中で、レイヤの話を整理した。
かつて神殿にいたオメガのロキはバルドルを冥界に突き落とし、黄昏の原因をつくった。そして、彼はフェンにとっては親にあたる存在なのだ。
自分と、かつて神殿にいたロキが、同じ名前で同じオメガであるということには、何か因果があるとしか思えない。
しかし、それを目の前のレイヤに尋ねるのは自分がオーディンの探しているオメガであると明かすことになる。
レイヤはオーディンに対して忠誠を誓っているわけではないようだが、自分がオメガと知ったらオーディンに引き渡そうとするだろうか。
ロキは考え巡らせ押し黙った。
「ねぇねぇ、ところでさ」
レイヤの弾んだ声が、どこか沈んでいた空気を変えた。
「あなたたち、わざわざミッドガルドからここまで来たって聞いたけど、いったいどんな目的があるの?」
冒険譚を尋ねるような嬉々とした表情でレイヤは言った。彼女は食事を終えたロキたちの前から皿やカップを片付け流しに運ぶと、ヤカンに水を入れて火にかけている。お茶を入れるつもりのようだ。
「えっと、実は、ある人が上層にいて、その人を迎えに来たんだ」
「え? お迎えにわざわざここまで? 上層のどこにいるって言うの?」
三つのカップをテーブルに並べながら、レイヤが尋ねた。
「ヴァルハラって場所」
ロキが尋ねると、レイヤは眉を上げぐっと瞼を持ち上げた。
「え、ヴァルハラにいるの? その人」
「うん、そうやって聞いた。レイヤはヴァルハラを知ってるのか?」
「え、ええ、もちろん、知ってるわ」
「ほんとにっ⁈」
ロキは椅子から半分立ち上がり、身を乗り出してレイヤの肩を掴んだ。
「教えてくれない⁈ 俺たち正確な場所を知らなくて」
「い、いいけど……」
そこで火にかけた湯が沸いて、ヤカンが甲高い音を立てた。レイヤは慌ててポットを引き上げると、茶葉の入ったガラスのポットにお湯を注いだ。
「あなたが迎えに行きたいその人、戦士かそれとも術者?」
「え? どちらでもないと思うけど」
ロキは白髪頭の爺の姿を思い浮かべた。あの細身では武器なんて握れるわけもない。
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