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13-8.
結局、その後も結論が出ないまま、その夜はフレイたちの好意で彼らの家で休ませてもらうことになった。
大きな野菜の植った庭が見下ろせる二階の部屋は、彼らの父親が使っていたそうだ。両手を広げてもなお余りあるベッドがひとつ。その上に、ロキとフェンは並んで寝そべった。
ベッドは大きな窓辺に沿って並べられていて、見上げると、濃藍の布にウテナの浜辺の砂粒を撒いたような星空が広がっていた。
中層を照らすのは光の神バルドルの残光だ。星や太陽の姿は、上層からしか見ることができない。この地を模したように中層のミッドガルドにも夜が訪れるが、見上げてもそこには星空は無いのだ。
「すごい……」
ロキは乏しい語彙で感嘆した。
自らの腕を枕にするロキの体を、フェンが後ろから抱き寄せ、同じように窓の外を見上げた。
背中にフェンの体温を感じる、腰に回された腕に、ロキはそっと手のひらを重ねた。
「ほんとに、俺たちすごく遠くまできたんだな」
ロキが静かに語りかけると、フェンは頷く代わりにロキの首筋の匂いを嗅いだ。
「なんだか、誘い出されてるみたいだ」
「え?」
フェンが頭を上げて、ロキの顔を覗き込む。
「お前も言ってただろ? 雪崩に呑まれた時、金の糸に引っ張られたって」
「うん、そうだった!」
「俺もさ、ヨトの船から投げ出された時、海の中でそれに引っ張られたんだ」
「えっ⁈」
ロキが見上げると、フェンは驚いたように眉を上げている。色々なことがありすぎて、ガイドのことをはっきりとフェンに話していなかった。
「最初にウテナの街の薬屋で、俺は長い金髪の男に会ってるんだ。そいつは、自分のことをガイドみたいなものだって言ってた」
フェンはその時、外で待っていたので知らないはずだ。
「そこから、何度か同じ男に会った。薬をくれたり、岸にひっぱってくれたり、牢から出してくれたり……助けてくれてるんだと思ってた」
「思ってた?」
「うん、でも、もしかして違うのかもって思い始めた」
「どうして?」
フェンの問いかけに、ロキは少しの間沈黙した。話しながら、自分の考えを整理していたのだ。
「フェンのところにきた、男」
「どの人?」
フェンの話に出てきた男は複数いる。飼い主らしき男、姿を変えながら時々様子を見にきた男、そして……
「お前の首輪を外して、飼い主を殺した男」
「あっ!」
フェンは何かに気がつき小さく声を上げた。
「その人も、金髪の長い髪だったよ!」
そのフェンの言葉にロキは頷く。
「それから、首に大きな傷があったって言ってただろ? 俺が見たガイドも、首に大きな傷があった」
「え、そ、それじゃあ……」
「たぶん同一人物だ」
ロキは言葉を続ける。
「その金髪の男……ガイドは、俺たちをオーディンのところに連れて行こうとしているような気がしないか?」
「えっ? じゃあ、オーディンの遣いってこと?」
「……わからない」
ロキは顎を撫でながら、解せない様子で小さく唸った。
「ガイドは俺だけじゃなくて、フェンのこともオーディンの元に連れて行こうとしてる気がする」
「だって、それは俺がオーディンの器だからでしょ?」
「うん、でも、フェンのところには鴉や狼の遣いは来なかっただろ? オーディンが指示を出したのだとしたら、お前のところにも迎えが来ないとおかしいと思うんだ」
しかし、フェンは首輪を外され自由を与えられただけだ。
「そう考えると、オーディンはやっぱりフェンの所在を知っているわけではないってことかな?」
「ん? じゃあ結局ガイドは何者?」
「……わかんない」
ロキが議論を投げ出すと、フェンは「こんがらがってきた」などと、ぼやきながら深く息を吐いた。
「なぁフェン」
「うん?」
「黄昏がきたら、みんな死ぬんだってさ、何もかも無くなるんだって」
「レイヤの話、俺も聞いてたよ」
そう言いながら、フェンはロキの肩に鼻を埋めた。
「俺さ、ずっとじいちゃんと暮らしててさ。ミッドガルドの村でずっと二人きりで……」
「うん」
「じいちゃんがいなくなったらさ、俺誰のために、なんで生きてるのかわかんなくなるだろうなってずっと思ってた」
「だから、ロキはじいちゃんのこと、迎えに行くんでしょ?」
眠気をはらんだ無垢な声が肩をくすぐった。
「うん……そう、思ってた」
ロキはフェンの頭に手を伸ばし、その指に白い髪を絡めた。
「ねえ、ロキ。一緒に、おじいちゃん迎えに行こうよ」
「え?」
「オーディンのところに一緒に行こう?」
ロキは寝返りを打って、フェンの方へと向き直った。フェンのブルーアイは真っ直ぐにロキを見つめ、唇は脈略なく啄むように口づけた。
「ロキがオメガで俺が器なんでしょう? それがあれば、オーディンは黄昏を防げる。黄昏がなくなれば、俺とロキとじいちゃんと三人で暮らせる、一緒に生きていけるよ」
フェンの口元は無邪気に口角を上げた。
おそらくフェンはオメガが具体的に何をするのかは理解していないのだろう。
無知な彼に、ロキはただ穏やかに笑ってみせた。
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