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13-9.
よほど疲れていたのだろう。いくらも立たないうちに、フェンは穏やかな寝息をたてた。
ロキは月明かりにうかぶフェンの白いまつ毛を眺めた。額に落ちた前髪を掻き分けてやると、フェンは少しむずがり小さく唸る。
陶器のような白い肌を辿ると、開いたシャツの胸元に擦り傷が見えた。この地にたどり着いた時のものだろうか。
ふと窓の外から声が聞こえて、ロキはフェンを起こさないように、ゆっくりと上体を持ち上げた。
庭の方を見下ろすと、ニーズヘッグとフレイの姿がそこにあった。どうやら動けるようになったニーズヘッグをフレイがここまで連れてきたようだ。
ロキはフェンを跨いでベッドから起きると、ニーズヘッグとフレイのいる庭へと向かった。
「んっふふ、かぁわいいなぁ、僕の言ってることがわかるのかい? ほぉら、もっと食べていいよ? お野菜はドラゴンの体にもい」
「フレイ」
「ぬあっふぁ! な、ど、どうしたんだね、ロキよ」
今まで、ニヤニヤしながらニーズヘッグの首筋に頬擦りしていたはずのフレイは、ロキが声をかけた途端肩を跳ね上げ姿勢を正した。
「いや、上から姿が見えたからさ、元気になったんだなニーズヘッグ」
ロキは丸太で組まれたベンチに腰を下ろし、肩にかけたブランケットを手繰り寄せた。
「むう、まだ本調子ではない。しばらくここで休ませるつもりだ。体調が戻れば、こいつはまた冥界に戻るだろう」
そう言いながら、フレイは爪先立ちでニーズヘッグの頭を撫でた。
ニーズヘッグはお化けカボチャを丸ごとバリバリ齧っている。
青白い月明かりが降り注ぎ、星空を背景にしたドラゴンの姿は実に幻想的で見応えがあった。
「あ、そうだ。これさ、ニーズヘッグの歯に挟まってたんだけど、何かわかる?」
煌めく星で思い出し、ロキはポケットに入れていたそれを取り出した。朝のような光を含んだその鉱石を、フレイに差し出してみる。
「なんだこれは? シトリン? ガーネット……いやイエローサファイアか?」
「宝石?」
「わからん、あまりそちらの分野には明るくないのでな」
おまえは知っているか?と問うように、フレイはその鉱石をニーズヘッグに見せた。
冥界でこれをみた時ニーズヘッグはボロボロ涙を流していたが、今はかぼちゃから頭を上げると、どこか穏やかな眼差しで見つめている。
「ニーズヘッグにとって特別なものなのかと思ったんだけど」
「わからんな」
フレイは顎に手をやり、星空に鉱石をかざしながらそう言った。
「ニーズヘッグはお前に持っていて欲しいようだ」
「え? 言葉わかるの」
「むう、なんとなく雰囲気だ、雰囲気」
そう言いながら、フレイはローブにたくさんついたポケットの一つから、革の小袋を取り出した。鉱石をその中にしまい込むと、口を長い麻紐で縛り、それをロキの首にかけてくれた。
ロキはその小袋の形を指で確かめてから、襟首から服の中に仕舞い込んだ。
「ねえ、フレイ。教えて欲しいことがあるんだ」
「むう、なんだ?」
なにか尋ねられるのが好きらしいフレイは、少し口角を上げながら、ロキの隣に腰を下ろした。
「オーディンの器っていったい何なのかな」
ロキのその問いに、フレイは少しの間言葉を探していた。二階の窓を見上げる仕草は、そこに眠るフェンの姿を思い浮かべているかのようだ。
「ミッドガルドではどう伝えられているか知らないが、神は万能ではない」
「うん、レイヤに教えてもらったよ。神族も死ぬんだって」
フレイはロキの言葉に頷いた。
「神は老いることはない。しかしその肉体は長い年月をかけて確実に劣化しているのだ」
ロキは深く息を吐いた。
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