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13-10.

 本当はずっと気づいていた事実が、おそらくこのあとフレイの口から語られることを予見して、ロキは重苦しい胸元を抑える。 「文字通り、器なんだよ。オーディンは古い肉体を捨て、新しく強い肉体に精神を移し替える。オーディンを受け入れる素養のある存在を器と呼んでいるんだ」  自分の次の肉体。  だから、オーディンは蛇を嫌がり、立ち上がれないヘルや獣のフェンリルを拒んだのだろう。しかし、フェンリルが人の姿になれることを知れば、オーディンは考えを変えるのだろうか。 「もし、さ、オーディンが新しい器に精神を移し替えたとしてさ、もともと器にあった精神はどうなるの? 一つの体に同時に存在するのか?」  フレイは首を横に振った。 「それは叶わぬ。最高神に体を開け渡せば、元の精神は消滅する他ないだろう」  やはりそうか、とロキは視線を落とした。  ニーズヘッグがボリボリとカボチャを食む音が、静かな夜に響いている。 「フェンは、俺が巻き込んでここまで連れてきたんだ」  語り始めたロキの言葉をフレイは黙って聞くつもりのようだ。 「最初はオーディンに差し出して、自分は安全にじいちゃんを探すための身代わりにしてやろうって、そう思ってた」 「うむ、そうか……」  フレイは幼い見た目にそぐわない、思慮深い相槌を返した。 「なんか勝手に懐いてついてくるし、一人で動くのは退屈だし……都合が良かったんだ。ただそれだけだった……」  ロキはそこで、込み上げるものを喉奥に押し込んだ。次の言葉を紡ごうとするが口を開けば抑えたものが溢れ出してしまいそうで、ぐっと唇を結んだ。 「無垢な獣に無条件で懐かれれば、情も湧くというものだ」  そう言って、フレイは傍に積み重ねてあったニンジンを一本掴むと、ニーズヘッグの口元に放り投げた。ニーズヘッグは口を開いて直接それを受け取った。 「情……なのかな……」  ロキはそう呟き、視線を上げた。  ほんの少し前まで、ロキは何も知らぬまま田舎の村で、ただ時を過ごしていた。  それが急に爺と逸れ、オーディンの遣いやら巨人族やらに追われながら、気づけば神々の住まう地アースガルドにいる。  一人でも辿り着けただろうか。おそらく無理だった。もしも一人でいたのなら、この旅は辛くて、心細くて、ロキはとっくに挫けていたに違いない。  初めて塩水で泳いだ時も、雪と戯れた時も、この星空を初めて見上げた時も、一緒にいたのはフェンだった。 「ねえ、フレイ……頼みたいことが、あるんだけど」

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