106 / 181
14-6.
「ロキ、大好き。離れたくない」
「俺も、大好きだよ、フェン」
ロキはフェンの髪に鼻を押し付け、その背中を優しく撫でた。
「聞いて、フェン」
甘えるように縋り付くフェンの頬にふたたび両手を添えて、ロキは言った。しっかりと見つめあって話したかった。
「俺の村での生活なかなか最悪でさ」
ロキは自嘲気味に話し始める。
「前にも言ったけど、じいちゃん以外はほんとにどうでもいいと思ってたんだ。いつか穏やかにじいちゃん見送ってさ。そのあとはもう何していいかわかんないし、大事なものも特にないし、何が楽しいとか、何がしたいとか、全然わかんないし」
村で過ごしていた日々が遠い昔のように感じる。
自然に囲まれた小川の流れる穏やかな村だったが、郷愁が湧かないのは、きっとそこには想う人がいないからだろう。
「黄昏なんてどうでもいい、その時がきたら、身を任せるしかないって。それでいいと思ってた」
薄明かりに映るフェンの唇が何か言葉を呑み込むように結ばれた。
「でもさ、なんか、色々あっただろ? ここにくるまで……ほら、小麦粉で化粧して、フェンがでっかい女の子のフリしてさ、まさかヴァクが騙されると思わなかったよ。あれめちゃくちゃ面白かった」
「あったねそんなこと。その前は、俺が巨人族と腕相撲して勝ったよね」
「いやいや、勝ってないだろあれは。途中で狼になっちゃって、肝が冷えたよ」
ロキが笑うと、フェンもクスクスと笑いをこぼした。
「大蛇に船壊されて、ロキが放り出されたときの方が肝が冷えたよ」
「お前、追っかけて飛び込んできたよな?」
「うん! 必死だった!」
「お前途端に気を失っちゃったから、俺鮭の姿のまま引っ張ったり大変だったんだぞ?」
「金の糸に助けられたって言ってなかった?」
「うん、お前重いし、あれがなかったら二人とも今頃死んでたな」
「トールのいるところに引っ張られたのも偶然じゃないのかな?」
「かもしれない」
「トールのくれた干し肉さ、美味しくなかったよね」
「あー! わかる! なんか臭いがキツくて最悪だったよ。もらっといて文句言うわけにいかなかったから黙ってたけど、結局怖くて何の肉か聞けなかったし」
「犬じゃないことを祈ってた」
「だな」
「あ、そういえばさ。ロキ馬に乗れないって言ってたけど、俺には乗れたよね?」
「え?」
「ほら、ヨトから逃げる時に」
「あー! まあ、乗ったというよりしがみついてただけだけどな」
「ロキは馬より先に、狼とドラゴンに乗った」
「すごいな俺。狼とドラゴンに乗ったことがあるやつなんて、きっとそういない」
「うん、すごいかも」
月明かりの中で、フェンの白い肌がクスクス笑う。愛おしくて、ロキはそのまつ毛を指でなぞった。
「フェン、俺さ。どうでもよくなくなっちゃったんだ」
「うん?」
「お前とさ、バカみたいなことも、怖いことも楽しいこともあって。美味いものも色々食べたけど不味いものも食べたり、さっきなんて取っ組み合いの喧嘩もしたけどさ」
「うん」
「そういうの、どうでもよくなくなっちゃって、もっとそういうことしてたいって思っちゃって」
「……うん」
「フェン、お前ともっと生きたいって思っちゃった」
ロキの言葉に、フェンは静かに頷いた。
「だから、オーディンが黄昏を防ぐつもりなんだとしたら、俺は協力しようと思う」
「ロキ……」
不安気に名前を呼んだフェンの額に、ロキは音を立てて口付けた。
「だから、待ってて。必ず戻るから。全部終わったら、じいちゃんと三人で暮らそう?」
フェンはロキの言葉に頷くことも首を振ることもしなかった。ただ切なげにまつ毛を伏せて、頬に置かれたロキの手の甲を撫でている。
ロキが覗き込むようにフェンに鼻筋を寄せると、ゆっくりと唇が重なった。
「フェン。おまえがいるところに、俺は必ず戻ってくる」
もう一度重ねる。
フェンが微かに頷いた気がした。
ロキはフェンの唇をくすぐるように舐める。繋がりたいと、そう伝えるためだ。
ともだちにシェアしよう!