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14-6.

「ロキ、大好き。離れたくない」 「俺も、大好きだよ、フェン」  ロキはフェンの髪に鼻を押し付け、その背中を優しく撫でた。 「聞いて、フェン」  甘えるように縋り付くフェンの頬にふたたび両手を添えて、ロキは言った。しっかりと見つめあって話したかった。 「俺の村での生活なかなか最悪でさ」  ロキは自嘲気味に話し始める。 「前にも言ったけど、じいちゃん以外はほんとにどうでもいいと思ってたんだ。いつか穏やかにじいちゃん見送ってさ。そのあとはもう何していいかわかんないし、大事なものも特にないし、何が楽しいとか、何がしたいとか、全然わかんないし」  村で過ごしていた日々が遠い昔のように感じる。  自然に囲まれた小川の流れる穏やかな村だったが、郷愁が湧かないのは、きっとそこには想う人がいないからだろう。 「黄昏なんてどうでもいい、その時がきたら、身を任せるしかないって。それでいいと思ってた」  薄明かりに映るフェンの唇が何か言葉を呑み込むように結ばれた。 「でもさ、なんか、色々あっただろ? ここにくるまで……ほら、小麦粉で化粧して、フェンがでっかい女の子のフリしてさ、まさかヴァクが騙されると思わなかったよ。あれめちゃくちゃ面白かった」 「あったねそんなこと。その前は、俺が巨人族と腕相撲して勝ったよね」 「いやいや、勝ってないだろあれは。途中で狼になっちゃって、肝が冷えたよ」  ロキが笑うと、フェンもクスクスと笑いをこぼした。 「大蛇に船壊されて、ロキが放り出されたときの方が肝が冷えたよ」 「お前、追っかけて飛び込んできたよな?」 「うん! 必死だった!」 「お前途端に気を失っちゃったから、俺鮭の姿のまま引っ張ったり大変だったんだぞ?」 「金の糸に助けられたって言ってなかった?」 「うん、お前重いし、あれがなかったら二人とも今頃死んでたな」 「トールのいるところに引っ張られたのも偶然じゃないのかな?」 「かもしれない」 「トールのくれた干し肉さ、美味しくなかったよね」 「あー! わかる! なんか臭いがキツくて最悪だったよ。もらっといて文句言うわけにいかなかったから黙ってたけど、結局怖くて何の肉か聞けなかったし」 「犬じゃないことを祈ってた」 「だな」 「あ、そういえばさ。ロキ馬に乗れないって言ってたけど、俺には乗れたよね?」 「え?」 「ほら、ヨトから逃げる時に」 「あー! まあ、乗ったというよりしがみついてただけだけどな」 「ロキは馬より先に、狼とドラゴンに乗った」 「すごいな俺。狼とドラゴンに乗ったことがあるやつなんて、きっとそういない」 「うん、すごいかも」  月明かりの中で、フェンの白い肌がクスクス笑う。愛おしくて、ロキはそのまつ毛を指でなぞった。 「フェン、俺さ。どうでもよくなくなっちゃったんだ」 「うん?」 「お前とさ、バカみたいなことも、怖いことも楽しいこともあって。美味いものも色々食べたけど不味いものも食べたり、さっきなんて取っ組み合いの喧嘩もしたけどさ」 「うん」 「そういうの、どうでもよくなくなっちゃって、もっとそういうことしてたいって思っちゃって」 「……うん」 「フェン、お前ともっと生きたいって思っちゃった」  ロキの言葉に、フェンは静かに頷いた。 「だから、オーディンが黄昏を防ぐつもりなんだとしたら、俺は協力しようと思う」 「ロキ……」  不安気に名前を呼んだフェンの額に、ロキは音を立てて口付けた。 「だから、待ってて。必ず戻るから。全部終わったら、じいちゃんと三人で暮らそう?」  フェンはロキの言葉に頷くことも首を振ることもしなかった。ただ切なげにまつ毛を伏せて、頬に置かれたロキの手の甲を撫でている。  ロキが覗き込むようにフェンに鼻筋を寄せると、ゆっくりと唇が重なった。   「フェン。おまえがいるところに、俺は必ず戻ってくる」  もう一度重ねる。  フェンが微かに頷いた気がした。  ロキはフェンの唇をくすぐるように舐める。繋がりたいと、そう伝えるためだ。

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