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16-7.

 トールはあくまで自分の憶測だと前置きした上で、ロキの質問に答えた。 「ロキ、お前が終わりたくない理由と同じだ」 「同じ?」 「そうだ。一緒に生きたい相手がいるんだろ?」  ロキはトールの言葉に頷きながら、その意味を考えた。 「オーディンには、いない?」  トールはロキの問いに頷くことも首を振ることもしないまま、ゆっくりと腕を組んだ。 「いなくなったが正しいな」  いなくなった、つまり、以前はオーディンに大事に思う相手がいたと言うことだ。ロキには思い当たる名前があった。   「バルドル……前のロキが冥界に堕として……だから、オーディンは同じオメガの俺を目の敵みたいに扱うのか?」  光の神、バルドル。この世界だけでなく、オーディン自身もまたその輝きを失ったのだ。  トールはまた頷くことも首を振ることもしなかった。ゆっくりと組んだ腕を解き、先ほどロキが地面に転がしたグラスを拾い上げた。水は全て地面に溢れてしまっている。 「オーディンも、おそらくまだ迷っている。だから、他の神々の動きに口を出さずに、お前をこの神殿に置いている」 「でも、これじゃ飼い殺しだ……」  ロキの絞り出すような声に、トールは同意するかのように小さく唸った。 「トール、黄昏はいつ来るんだ……あとどれくらい猶予がある?」  ロキの問いに、トールはわからないと首を振った。 「しかし、もうそれほど猶予はないかもしれない。ヨトだけでなくスヴェルトやミッドガルドでも()の数が激減している。加えて、冬も確実に広がっていた」  ヨトの巨人族達も厳しい冬で洞窟に追い込まれ、ドワーフの暮らすスヴェルトにも朝が来なくなった。ミッドガルドはまだ光と()を残してはいるが、それを失うのも時間の問題なのだろう。  全てを失い種が絶える前に、おそらく巨人族らは太陽の昇るアースガルドを手に入れようと蜂起するはずだ。 「器を作るって、どれくらい時間がかかるんだ? 人間の女が子供を産むには十月十日かかるんだ」  ロキがわざわざ人の妊娠期間について説明したのは、トールが神族だからだ。切った首を繋ぎ合わせるような存在が、人間の常識を把握しているとも思えない。 「オメガは器を孕むわけではない」 「血や肉から創り出すってきいた」  ロキはトールの問いに頷きながら、そう言った。孕むわけではないと言うのは鴉から聞いて知っていた。 「実際に見たわけではないが、おそらくそれに近い形で作り出している。前のロキも、腹を大きくしている気配はなかった」  トールは当時の記憶に思いを馳せるかのように視線を上向けた。 「あの頃は黄昏の予言もまだなかったからな。オーディンもロキも気の向くままに共に過ごしていた。前のロキが器を作るのにも前触れなんてものはなくて、本当に気まぐれだった」 「じゃあ、交わればすぐ出来るってこと?」 「ある程度、自分でコントロールしているように見えたが、それはオメガ本人じゃないとわからない」 「黄昏の予言がある前から、前のロキは三人もオーディンの器を創ったんだよな……」  必要に迫られていないと言うのに、何度も交わり器を創ったということは、少なくともバルドルが冥界に堕ちるまでは、オーディンと前のロキの関係は良好だったと言うことだろう。 「まだつけいる隙はあるか……」 「え?」  呟いたロキの顔をトールが覗き込んだ。 「まだ、諦めないってこと。予言があるまでは前のロキとは上手くやってたんだろ? 俺にもその気になる可能性はまだある」  そう言いつつも、卑しい臭いチビだと罵るオーディンの表情が頭に浮かぶ。しかし、ロキは自分の後ろ向きな思考を振り払うよつに、拳を握りしめた。 「あれは、そうとう捻くれてるぞ」 「わかってるよ。だから、あんたも何かと手を貸してくれよ」  頷いたロキの手首に、トールが視線を落とした。そこには熟れた果実のような痣が浮かんでいる。 「わかった」  トールはそう言って頷いた。

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