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18-6.

   翌朝、広間に現れたロキを見るなり、オーディンは朝食を取る手を止めた。   「ロキ、もう平気なのか?」  そう問いかけてきたのはトールで、ロキは「うん」とだけ応えると、オーディンには視線を向けないまま食卓についた。 「俺の分ある?」  何も置かれていないテーブルを見つめながら、ロキが言うと、給仕係が動く気配がある。 「軽めのものにするか? フルーツでも……」 「いや、それと同じのでいい」  トールの言葉に、ロキはテーブルに視線をおとしたまま、オーディンの食べていた食事を指差した。  程なくして食事がロキの前にも運ばれてくる。肉類の多いメニューだ。ロキはフォークを握りしめると、勢いに任せてさらに突き刺し、無理やり口に捩じ込んだ。注がれた水でそれを喉奥に流し込むと、また次の一口を捩じ込んでいく。 「なんだチビ。昨日までヘロヘロだったくせに」  オーディンが「フンッ」と鼻を鳴らした。笑ったのか呆れたのかはわからない。  ロキはソースのついた口元を手の甲で拭い、今度はパンをちぎってスープに浸しまたそれを口に押し込んだ。 「ロキ……いきなりそんなに食べるのは……」 「レイヤを呼んだのはトール?」 「え?」  不安げにロキの肩に手を伸ばしてきたトールに、ロキは振り返らないまま尋ねた。その頬は口に押し込んだパンで膨らんでいる。 「あ、いや……呼んだのは俺だが……呼べと言ったのは……」  そこでトールは言葉を濁した。その視線はおそらくオーディンを向いたのだろう。  ロキはまた水で口の中にあるものを流し込んでから、オーディンの方へと顔を向けた。  オーディンはフォークとナイフをテーブルに置き、フルーツジュースの入ったグラスを優雅に傾けている。ロキのことなど素知らぬように振る舞ってはいるが、なんとなくやりどころの無さそうに視線が泳いでいた。  ロキは椅子から半分立ち上がり、その手をオーディンに伸ばした。  一瞬周囲が息を止め、オーディンの左眼も驚いたように見開かれる。  ロキは伸ばした手でオーディンの皿を引き寄せ、自分の前に並べた。そして、上に残っていた肉をフォークで刺してまた口の中に押し込んでいく。 「行儀が悪いぞチビ」 「今更許さないからな」  ロキとオーディンの言葉が重なった。 「あ? なんだと」 「俺、あんたのこと嫌いだし」  また重なる。  オーディンが舌打ちをしながら、グラスを置いた。 「クソみたいに性格捻じ曲がってるし、俺が虐めてるみたいだろっ?って、その自覚がないとしたら、性根からして腐ってる。相手が弱ったら急に焦って取り繕い出しやがって、心底腹が立つ」 「……なっ……ぐっ……」  オーディンが呻き、トールが口元を押さえて笑いを堪えるように咳払いをした。 「なんだ、神殿を出ていくとでも言いたいのか? 俺は構わないがな? 他の|神々《やつら》が許すかどうかは知らんぞ?」  テーブルに肘を置いて顎をさすりながらオーディンが言う。眉が歪み、口角を無理やり持ち上げていた。 「出て行かないよ、絶対」 「あ?」 「器を作るまでは、出て行かない」  ロキは皿の上の最後の一切れを口に押し込むと、フォークをテーブルに投げ置いた。 「さっさと体調戻して、あんたと器を創る。それで俺の役目は終わりだ。あんたはあんたで役目を果たせよ。黄昏を止めろ、何がなんでも止めろ」 「俺に指図するのか」 「指図じゃない、役目を果たせって言ってんだよ、最高神」  ロキは怯むことなくぴしゃりと言ってのけた。 「あんたが何に絶望しようが、誰に裏切られようが知ったこっちゃないんだよ。自分勝手に世界を終わらせようとすんな、働け! 神だろ! 神!」  声を荒げ、ロキはテーブルをパシリと叩いた。  その音に驚いたわけではないだろうが、オーディンは面食らったような表情で瞬いている。  ロキはグラスに注がれていた水を飲み干し、また腰を上げるとオーディンの前に置かれていたグラスの水も飲み干し、手の甲で口元を拭う。  広間の中にしばしの沈黙が流れた。 「俺は、あんたから逃げない」 「あ?」 「目的を果たすまでは、ここを離れない」  自分に言い聞かせるかのように、ロキは言葉を重ねた。  オーディンは腕を組み、椅子の背もたれに背中を預け、フンッと鼻息を漏らし、「好きにしろ」と一言だけ言った。 「ああ、好きにさせてもらう」  ロキはそう言うと、テーブルに手をつき立ち上がる。この場を後にしようと、扉の方を向いて数歩進んだところで、ぴたりと足を止めた。 「トール」  傍に控えていたトールの名を呼び、ロキはゆっくりと足元から顔を上げる。 「な、なんだ?」  トールは戸惑いながら、ロキの様子を覗き込んだ。 「トール……あの……その……」 「なんだ? どうした……」 「は、」 「は?」 「吐きそう……」  口を抑え、フラフラとよろめいたロキの肩をトールが慌てて抱き支えた。 「いきなりあんなに食べるからだ!」と焦るトールの声を聞きながら、ロキは必死に逆流を促し蠕動する胸元を抑えて蹲った。

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