136 / 181
18-6.
翌朝、広間に現れたロキを見るなり、オーディンは朝食を取る手を止めた。
「ロキ、もう平気なのか?」
そう問いかけてきたのはトールで、ロキは「うん」とだけ応えると、オーディンには視線を向けないまま食卓についた。
「俺の分ある?」
何も置かれていないテーブルを見つめながら、ロキが言うと、給仕係が動く気配がある。
「軽めのものにするか? フルーツでも……」
「いや、それと同じのでいい」
トールの言葉に、ロキはテーブルに視線をおとしたまま、オーディンの食べていた食事を指差した。
程なくして食事がロキの前にも運ばれてくる。肉類の多いメニューだ。ロキはフォークを握りしめると、勢いに任せてさらに突き刺し、無理やり口に捩じ込んだ。注がれた水でそれを喉奥に流し込むと、また次の一口を捩じ込んでいく。
「なんだチビ。昨日までヘロヘロだったくせに」
オーディンが「フンッ」と鼻を鳴らした。笑ったのか呆れたのかはわからない。
ロキはソースのついた口元を手の甲で拭い、今度はパンをちぎってスープに浸しまたそれを口に押し込んだ。
「ロキ……いきなりそんなに食べるのは……」
「レイヤを呼んだのはトール?」
「え?」
不安げにロキの肩に手を伸ばしてきたトールに、ロキは振り返らないまま尋ねた。その頬は口に押し込んだパンで膨らんでいる。
「あ、いや……呼んだのは俺だが……呼べと言ったのは……」
そこでトールは言葉を濁した。その視線はおそらくオーディンを向いたのだろう。
ロキはまた水で口の中にあるものを流し込んでから、オーディンの方へと顔を向けた。
オーディンはフォークとナイフをテーブルに置き、フルーツジュースの入ったグラスを優雅に傾けている。ロキのことなど素知らぬように振る舞ってはいるが、なんとなくやりどころの無さそうに視線が泳いでいた。
ロキは椅子から半分立ち上がり、その手をオーディンに伸ばした。
一瞬周囲が息を止め、オーディンの左眼も驚いたように見開かれる。
ロキは伸ばした手でオーディンの皿を引き寄せ、自分の前に並べた。そして、上に残っていた肉をフォークで刺してまた口の中に押し込んでいく。
「行儀が悪いぞチビ」
「今更許さないからな」
ロキとオーディンの言葉が重なった。
「あ? なんだと」
「俺、あんたのこと嫌いだし」
また重なる。
オーディンが舌打ちをしながら、グラスを置いた。
「クソみたいに性格捻じ曲がってるし、俺が虐めてるみたいだろっ?って、その自覚がないとしたら、性根からして腐ってる。相手が弱ったら急に焦って取り繕い出しやがって、心底腹が立つ」
「……なっ……ぐっ……」
オーディンが呻き、トールが口元を押さえて笑いを堪えるように咳払いをした。
「なんだ、神殿を出ていくとでも言いたいのか? 俺は構わないがな? 他の|神々《やつら》が許すかどうかは知らんぞ?」
テーブルに肘を置いて顎をさすりながらオーディンが言う。眉が歪み、口角を無理やり持ち上げていた。
「出て行かないよ、絶対」
「あ?」
「器を作るまでは、出て行かない」
ロキは皿の上の最後の一切れを口に押し込むと、フォークをテーブルに投げ置いた。
「さっさと体調戻して、あんたと器を創る。それで俺の役目は終わりだ。あんたはあんたで役目を果たせよ。黄昏を止めろ、何がなんでも止めろ」
「俺に指図するのか」
「指図じゃない、役目を果たせって言ってんだよ、最高神」
ロキは怯むことなくぴしゃりと言ってのけた。
「あんたが何に絶望しようが、誰に裏切られようが知ったこっちゃないんだよ。自分勝手に世界を終わらせようとすんな、働け! 神だろ! 神!」
声を荒げ、ロキはテーブルをパシリと叩いた。
その音に驚いたわけではないだろうが、オーディンは面食らったような表情で瞬いている。
ロキはグラスに注がれていた水を飲み干し、また腰を上げるとオーディンの前に置かれていたグラスの水も飲み干し、手の甲で口元を拭う。
広間の中にしばしの沈黙が流れた。
「俺は、あんたから逃げない」
「あ?」
「目的を果たすまでは、ここを離れない」
自分に言い聞かせるかのように、ロキは言葉を重ねた。
オーディンは腕を組み、椅子の背もたれに背中を預け、フンッと鼻息を漏らし、「好きにしろ」と一言だけ言った。
「ああ、好きにさせてもらう」
ロキはそう言うと、テーブルに手をつき立ち上がる。この場を後にしようと、扉の方を向いて数歩進んだところで、ぴたりと足を止めた。
「トール」
傍に控えていたトールの名を呼び、ロキはゆっくりと足元から顔を上げる。
「な、なんだ?」
トールは戸惑いながら、ロキの様子を覗き込んだ。
「トール……あの……その……」
「なんだ? どうした……」
「は、」
「は?」
「吐きそう……」
口を抑え、フラフラとよろめいたロキの肩をトールが慌てて抱き支えた。
「いきなりあんなに食べるからだ!」と焦るトールの声を聞きながら、ロキは必死に逆流を促し蠕動する胸元を抑えて蹲った。
ともだちにシェアしよう!