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18-9.

 真っ白な神殿内とは打って変わって、ここは土壁に囲まれた薄暗い空間だ。地面に敷き詰められた石畳みは砂埃をかぶって足を置くとざらざらと音が鳴る。 湿気が多くカビ臭い。どこからか、水滴の垂れるようなピチャピチャという音が鳴っていた。 「地下牢?」  いくつか掘られた穴倉が錆びた格子で塞がれている。暗くてはっきりとはみえないが、中に誰かがいる気配はなかった。 ――ぇ~ぅ~……ぁ~…  聞き覚えのある微かな風の音……否、冥界の狼ガルムの声に、ロキは驚き視線を先に持ち上げた。  そこには腰高まで積まれた石で囲まれた井戸のようなものがあった。音はそこからしている。  ミーミルはそこを指差していた。 「あそこが、ロキがバルドルを堕とした冥界への穴だよ」 「えっ⁈」  ロキは驚きつつも、注意深く穴に歩み寄った。  石の腰壁に手を置いて中を覗き込むと、そこにはただ漆黒の闇がある。 「冥界への穴って、こんなにどこにでもあるもんなのか? ヨトの巨人族の洞窟にも冥界への穴があった」 「どこにでもってわけじゃないけど、種族の拠点なんかは冥界の穴の近くに設けられることが多いよ」 「そ、そうなのか……」 「多くは、罪人を捌くために使われる」 「な、なるほど」  だからこの穴がある場所に地下牢を設けたというわけか。とロキはミーミルの言葉に納得した。 「バルドルが冥界に堕とされて初めて、僕や他の神々はようやく重い腰を上げた。ロキに惑わされていたオーディンの目を覚まさせたんだ」 「ずっと騙されてたのに、オーディンはすぐに目を覚ましたのか?」  ミーミルは首を振った。 「最初は説得に応じなかった。だから僕らはロキを拘束して、無理やりオーディンと引き離したんだ」 「え、そ、そんなことして、あの暴君暴れなかったのかっ?!」 「もちろん、オーディンは激怒した。でも、すぐに目を覚ましたよ。ロキがオーディンを裏切り、神殿から逃げ出したからね」 「裏切った……?」 「ああ、自らが創った器たちを攫って姿をくらましたんだ」 「さらっ……えっ⁈ オーディンが自分で器を捨てたんじゃないのかっ⁈」 「表向きは最高神の威厳を守るためにそういうことにしているのかもね、でも実際はロキが神殿から持ち出したんだ」 「どうして……」 「人質みたいなものだったんじゃないかな、明確な真意はわからないよ」 「それで、やっと……オーディンは目を覚ました?」 「いや、それでも本心では諦めきれなかったみたいだ」  そう言うと、ミーミルはロキと向かい合うように体を傾け、自らの右目を指差した。 「オーディンの右眼」  そう言われて、ロキは頭にオーディンの顔を思い浮かべる。彼の右眼は眼帯で覆われていて、ロキはその向こうがどうなっているのか一度も見たことがなかった。 「あれ、僕がもらったんだ」 「はっ⁈ えっ⁈ どういうこと?」  ロキのやや間抜けな声が地下牢に反響した。 「自ら望んで崇高な予言を得るには対価が必要でね。オーディンは全てを知る事を望んで、僕に右眼を差し出したんだ。僕はそれと引き換えに、ロキがした事で引き起こされる黄昏の真実をオーディンに説いた」 「そこでオーディンがロキの裏切りを知った」  ミーミルが頷く。

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