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20-9.

――ロキ……オーディンは、フェンリルに食われる…… ――お前にとっては愛するものが愛するものを食らうようなものだ。それが、お前をどんな気持ちにさせるか…… 「そう……そうだよね……オーディン……」 「……ん? どうしたロキ、何か言ったか?」  前を歩くバルドルが振り返った。  ロキは「いや」と小さく口角を上げて首を振る。  オーディンがヴァナヘイムに向けて出立したのは昨日のことだ。ロキの決断は早かった。 「ロキ、ほんとにいいんだな?」 「うん」  フェンリルの眠る南東の部屋、籐で編まれたカゴにその白い体を慎重に移し替えながら、ロキは頷いた。  オーディンの不在の間に、フェンリルを神殿の外に連れ出す。アースガルドの端に位置するエルフの里にバルドルの信頼のおける人物がいるそうだ。鶫になったロキがバルドルの手紙とフェンリルをそこへ運びだし、オーディンがヴァナヘイムから戻る前に、ロキもこの神殿に戻ってくる。 「オーディンが戻ったら、俺が黄昏の予言をオーディンに伝える」  バルドルが確認するように口に出した。  本来、アースガルドに住まう神が重要な予知夢を見たのなら、最高神にすぐさま伝えるのがきまりだ。バルドルも当然ながら、黄昏の予言をオーディンに伝えないわけにはいかない。しかしバルドルは、ロキのために、先にフェンリルを逃すことに協力してくれたのだ。  白狼が最高神を食うなどと伝えれば、神殿の神々も、そしてオーディンも、フェンリルを殺せと言うだろう。だから先にフェンリルを逃しておいて、「フェンリルはもう殺した」と伝えるのだ。 「急場凌ぎでしかないけど、とにかくフェンリルを神殿やオーディンから隠そう。もし、バルドルがみた白狼がフェンリルなら、大きくなるまでまだ時間があるはずだ」  その間にバルドルと協力して自分以外のオメガを探し、フェンリルとそのオメガを引き合わせないようにする。なおかつ、彼らを神殿に近づけないように手立てを考えればいいのだ。 「でも、ロキ……それでもどうにもならなかったら、その時お前は、オーディンかフェンリルのどちらかを諦めなければならない」  バルドルは神妙な顔でロキの肩に手を置いた。 「わかってる……」  ロキは唾を飲み、深く頷く。 「その時……俺はオーディンを取る。フェンリルがオーディンの前にたどり着く前に命を絶つ」  最初からそう決めたのはもしもの時に迷わないためだ。 「でも、まだ望みがあるうちは抗いたい」  愛するものが愛するものに食われることも、自ら愛するものを手にかけることも当然ロキはのぞんでいないのだ。

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