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20-14.

◇  一心不乱に昼夜飛び続け、上層から中層へと下降を始めたあたりから、ロキの記憶は途絶えていた。  気づけば伸びた枝葉が影を作り、小鳥が囀る森の中に、人の姿でぐったりと倒れ込んでいた。  体を起こす、傍に置いてあった袋の中で、フェンリルは穏やかに眠っていた。 「……あ……れっ、ヨルム……ヨルム⁈」  姿が見えず、ロキは慌ててその名を呼んだ。  まさか途中で落としてしまったのかと青ざめたところで、胸元で何かが動く気配があり、ロキの衣服の首元からヨルムがにょきりと顔を出した。 「ここだよぉ~。寒いからくっついてたぁ」  どこか呑気なヨルムの声音に、ロキの目元が緩んでいく。唇が小さく震え、じわりと涙が溢れ出した。 「ロキ? ごめん、ごめんよぉ、泣かないで? くすぐったかったのぉ?」  そう言ったヨルムの頭をロキは両手で包み込み、涙のこぼれた頬を擦り寄せた。 「違う、違うよ……お前まで失ったのかと思って……びっくりしたんだ……怖かった……ごめん、ごめんねっ……こんなことになって……」  疲労と喪失感と不安と、あとは名前のわからない感情がないまぜになり、ロキはヨルムに縋りついた。 「どうしよう、どうしたらいいんだ……俺は、神殿から出たことなんてないし、これから、どうしたらいいのかわからない……俺が、俺がしっかりしないと……オーディンもお前たちのことも守れないのに、どうしたらいいのか……わからないんだっ」  バルドルはもういない。  ヘルも、きっと無事ではないだろう。  信頼していたミーミルが、全てを偽り何もかも壊そうとしている。 「怖い……怖いよぉ……ごめんね、ヨルム。お前だって怖くて不安なのにっ……俺がっ、俺がお前を守ってやらなきゃいけないのにっ……」 「ロキィ……」  ヨルムがロキの流れる涙に頬を寄せた。 「大丈夫だよ、ロキ。僕がついてる。僕がロキを守る。じゃないとヘルに怒られるしね」  ロキは顔を上げた。  ヨルムが大きな口で笑みを作ると、先割れの下をチラチラとさせて戯けて見せた。 「ありがとう、ヨルム……」  ロキはヨルムの頭を指で撫でて、フェンリルの入った袋を抱き寄せた。 「ロキ、一緒に眠ろう」 「え?」  突然のヨルムの提案に、ロキは眉を上げた。 「眠るんだよ、長く長く長ぁーーく、冬眠みたいに」 「長く眠る?」 「そう、何十年も、何百年も、一緒に眠る」 「そ、そんなことっ……」 「できるよ」  ヨルムはしゅるりとロキの懐から這い出すと、袋の中のフェンリルを覗き込んだ。 「僕と一緒ならできる。この子を卵に入れれば大きくはならないし、ロキも僕と一緒にいれば長く長く眠っていられる」  それは甘美な誘いだった。眠って仕舞えば全ての不安や痛みから逃れ、ずっと穏やかでいられる。 「で、でも、それでは何の解決にもならないだろ?」  ロキはその誘惑に引き込まれそうな気持ちを押し留めて言った。ヨルムは首を振る。 「なる、なるよ。黄昏が終わるまで長く長く眠るんだ。眠っている間は、神々に気取られないし、フェンリルが大きくならなければ、この子がオーディンを食べることなんてないでしょう? そのうちに黄昏がくればきっとオーディンや神々がそれを止めてくれる」  ロキはヨルムの言葉を聞きながら、頷く自分に気がついた。  眠りたいと言う願望が、無意識にヨルムの話に納得するように意志を動かしているのだろうか。 「大丈夫だよ、ロキ。一緒に眠ろう? フェンリル(この子)は僕の卵に入っていれば、勝手に目覚めたりはしないから」  もうロキは、その誘いを拒む思考回路を失っていた。眠ろう、全てが終わるまで。  そう言って、ロキはヨルムとフェンリルの入った袋を抱えて立ち上がった。大きな木洞に誘われるようにして潜り込むと、まるで小鳥のようにその体を丸めてうずくまり、瞳を閉じて、呼吸を深めた。 「眠ろう、ロキ、長く長く」  そう囁くヨルムの声が、意識の向こうに遠ざかっていく。

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