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21-1.差し出したもの
◇
アーアーと鴉が鳴いた。
ひどく重たい瞼をロキはゆっくりと持ち上げる。
体が感覚を取り戻すまで、ロキはそのどこか耳障りですらある鴉の声に耳を傾けていた。やがて皮膚に冷たさが伝わる。ザラリとしたものに指先が触れていた。いや、それだけではなく、頬や首筋、皮膚が顕になっているあらゆる面がそのざらざらとした感覚に包まれている。ロキはそれに覚えがあった。撫でるようにゆっくりと指を滑らせた後で、その名を呼んだ。
「ヨル……ム……?」
声はひどく掠れていて、喉の奥も唇も張り付くほどに乾いていた。
まだ、カラスはアーアーと鳴いている。
ロキは体を起こした。
ぼんやりと周囲を眺め、記憶を辿る。
潜り込んだ木洞の入り口にはいつの間にかシダが垂れ下がっていた。その隙間からわずかな光が透けている。
そしてその後で大きな黄色い双眸がぬるりとロキの前に姿を現した。
「ひっ!」
驚いたロキは思わず息を飲んだ。
「ロキィ……」
大きな双眸が、どこか懐かしむように虹彩を揺らした。自らの名を呼ぶ声だけは変わっていない。
「ヨルム? ヨルムなのか⁈」
いつの間にか、大きな蛇の体が木洞をぐるりと埋め尽くし、ロキの体を包み込んでいた。
ロキは一瞬何が起こったのかと混乱したが、すぐに記憶を取り戻す。
「自分じゃ卵に入れないから、大きくなっちゃったみたい……」
ヨルムはそう言うと、少々気恥ずかしそうにすっかり立派になった先割れの舌を揺らした。
「ほんと、大きくなって……び、びっくりしちゃった」
ロキは手を伸ばし、ヨルムの頭を撫でてやる。
そこでまた記憶が蘇り、ロキは周囲を見渡した。わずかに朽ちた綿の袋が、ロキの傍に置かれていた。中には殻の砕けた卵の中でくうくうと寝息を立てる小さな小さなフェンリルの姿がある。
大きくなったヨルムとは対照的にフェンリルの姿はロキの記憶の中にあるままだった。
「鴉の鳴き声で僕が起きちゃったから、卵も割れてしまったみたい」
ヨルムが言った。
鴉はまだアーアーと鳴いている。
どこで鳴いているのだろうか、遠くはないが近くもない。そう感じる。
「どれくらい経ったんだろう? 黄昏は終わったのか?」
ロキはヨルムに尋ねたが、当然ヨルムは首を振る。共に眠っていたのだ、ヨルムがそれを知るわけがない。
ロキはフェンリルの入った袋を肩にかけ、立ち上がった。不思議と筋力は衰えておらず、少しよろけたが、木洞から出た後は、何の違和感もなく歩くことができた。
大きくなってしまったヨルムは、身幅を把握するのに苦労しているようだが、体をうねらせどうにか木々の間を縫って、ロキの跡をついてくる。
――アァーアァー!
鴉は鳴き続けていた。
ロキが歩みを進めるごとにその声は近づいてくる。やがて森が開け、強い光が差し込み、ロキは眩しさに目を細める。
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