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1.親衛隊

「俺の為だけの親衛隊を作ろうかと考えている」  フェボルドの若き領主カルア・カトラリーが真面目な顔をして言った。  それを聞いたリオリヤ・アッサムは、『俺の為の』という言い方がやや気になったが、馬鹿の悪ふざけは今更なのでそこは聞き流した。  リオリヤはこの領地の魔術士だ。  かつて大怪我をし、ゆく宛もない時に、カルアにここへ連れて来られ、食客同然の扱いを受けている内に魔術を極めようと思いった。  やるからには手を抜かず、とことん極め、拾われた恩義もあって、時折魔術を使ってやっていたら、気付けば『カルア側近の魔術士』と、不本意な肩書が付けられていた。  そんな側近魔術士は、ふむと顎に手を当てる。  カルアは先日領主という立場を引き継ぎ、近々華々しい祝賀会が開かれる事も決まっている。  今は領主を就任したばかりで目まぐるしい毎日を送っているが、すべてが落ち着いたら親衛隊を作りたいと言う事だ。  確かにそれはいい考えだ。  この街、フェボルドは人が住む土地に一番近い大都邑だ。  その分争い事も多く、その理由は二つ前の代の魔王が人間に対してとても厳酷な方だった事にある。人間を力で支配し、逆らうものは街ごと葬り去り、人間からは兇悪魔王と言われ恐れられていた。  人間たちは何度も勇者一行というものを送ってきたが、無残に散っていった。  勇者に情はさらさらなかったが、魔王はあまりにもやりすぎた為に、やがて息子に討たれ、そして今はさらにその息子が魔王となっている。  しかし兇悪魔王の思想を指示する者が今でも存在し、それが過激な反逆者となり、人間の街を攻め落とす拠点としてこのフェボルドを手に入れようと目論んでいた。  その為、領主のカルアの首は狙われている……とは言え簡単に殺されるような奴でもない。しかし親衛隊の存在は少なからず抑止力にはなる。  リオリヤは渡された候補者リストに目を通し、眉を顰めた。 「……お前、候補者を顔で選んだろ?」  リストにつけられた肖像画の男たちは誰も彼が顔が整っていて、カルアの好みの雰囲気をしていた。  ちなみにカルアは女が好きだが、顔が良い男もいける、両刀というやつだ。 「おいおい大事な選出をそれだけで決める訳ないだろ?二の次に剣の腕で決めている」 「真っ先にそこを見ろ」  なんて領主だと、頭がずきずきと痛んで額に手を当てる。  カルアはただ単に見目麗しい男たちに囲まれたいが為に親衛隊なんてものを作りたいのだと悟った。  彼は最初にこう言った── 『俺の為だけの親衛隊』  つまりは体よくハーレムを作りたいのだ。  だったら妾をたくさん持てよ!    そう吐き捨てそうになった。  リオリヤは前領主……カルアの父が新妻と旅行に旅立つ前に「どうしようもない馬鹿息子を頼む」と言い残して行った。  その言葉はリオリヤには荷が重すぎた。  ソファーにぐったりと凭れかかり、この馬鹿をどうしようかと思案していると、テーブルの上に置かれた肖像画の中に、一際美しい者がいた。  女かと思うぐらいの美貌で、リオリヤはこれまで色んな美人を見てきたが、この彼が一番美しい。   「あぁ、流石のお前もコイツが気になったか?」  リオリヤの視線の先に気づき、カルアがニッと口元を吊り上げる。そして立ち上がると窓際へと行き、親指で外を差す。  リオリヤもそちらへ向かい、外を見ると、下にある訓練場では騎士団が丁度訓練をしており、その中で目を引く男がいた。  ガタイのいい男たちの中で咲いた美しい華。肖像画よりもずっと綺麗な顔をしていて、きりりとした瞳には魔族にはない、強い輝きを感じた。 「ユーイ・シフォン。伯爵家の次男坊で騎士団の副団長だ。アイツに親衛隊隊長を任せようと思っている」 「へぇ、まだ若そうだが副隊長を?それはすごいな」  シフォン家は名門騎士一族として名高い。おまけに副団長ならば、彼自身剣の腕が立つことが証明されている。  ちゃんと腕で選んでいたのだと安堵していると、カルアが言葉を続けた。 「そしてなにより、母親にエルフの血が混ざっている。つまりはアイツもエルフみたいなものだ」 「……お前隊長に選んだ理由は絶対そこだろ」  前領主よ、貴方の息子は貴方が思う以上にどうしようもない。  小さくため息を吐くと副団長様を見下ろす。  騎士団に所属していながら肌は日焼け知らずの白さで、唇はふっくらとしていて、鼻立ちもよく睫毛は長い。なにより服の上からでも分かる、しなやかな細腰とふっくらとした尻。太腿も程よく肉が付き、脚はスラリとしてして、男と知った今も男には見えない。    成る程、あれがエルフか。  純血ではないが初めてみる種族をジッと見つめていると、彼がふと顔を開げ、目があった。  数秒見つめ合うと、ふいっと顔を逸らされてしまった。    残念だ……残念?  そう思った事に眉を潜めているとカルアが肩を組んてきた。 「おい、リオリヤ。良いか、アイツは必ず俺のものにする。俺が先に目をつけたんだから、横から掻っ攫うなよ?」  カルアが隊長に推すのは彼に対して邪な心があるからのようだ。  隊長なれば二人になる時間が出来る。その時に口説き落としてモノにする算段なのだろう。 「僕は女が好きだ。男には興味がないから安心しろ」  リオリヤがそう言うと、カルアはニッと笑い、そうだよなぁ、と肩を叩いた。 「なら安心して頼めるな」  カルアは再びソファーに腰を落とすと、もう一つの資料を渡した。 「ルーヴァの森が強い魔力に侵されているらしくてな。そこの調査にユーイを隊長とした小隊を作り向かわせる予定だ。魔術が関わっているようだから、魔術士のお前にも行ってもらう」  資料を見れば、木々は枯れ、奇妙な植物が異常発生しているとなっている。  ルーヴァと言えば、魔王城へ向かう唯一の道の道中にあり、そこを通らなければ魔王城に行く事は出来ない。  これは恐らく反逆者たちの仕業で、王都へと道を断つ事で向こうからの援軍の手を断ち切ったのだ。 「何か大きな事をしようとしているのか?」 「きっとそうだろうなぁ。まぁ、いつやろうかなんて分かりきってるけど──お前はその森を何とかして、尚且つ奴らの足どりを掴んできてくれ」 「注文が多いな」 「お前なら簡単だろ?頼んぞ、俺の魔術士よ」  カルアが笑みを浮かべて言う。  お前がそんな事を言うから側近なんて言われ、父親から頼まれる羽目になったんだぞ……。  リオリヤは大きなため息を吐いた。

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