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2.初顔合わせ

 リオリヤはこの城に来た頃より、城の地下にある一室を勝手に占領し、魔術や秘薬の研究を行っている。  昔から好奇心は強い方で、気の向くままに作った秘薬に至っては、裏ルートで面白いぐらいに高く売れた。  秘薬とは殆どが性交で使用するものだ。大貴族になればなるほど、強い変態的嗜好を求めて幾らでも払ってくれるので、新たな秘薬を作る資金は常に潤沢だ。  たまに玩具と混同してそちらを依頼してくる奴もいるが、それは専門外だ。  どうしてもと頼み込まれ、作られた(ガワ)に編み出した奇異な魔術を施すと、それはそれで良い収入になった。  いつしかそれは『フェボルドの秘薬』と呼ばれ、貴族たちの間で喉から手が出るほどのモノとなり、この領土の大きな収入源に繋がっていた。  明日はフェボルドを立つ日。数日研究室に籠って、漸く粗方の仕事を終わらせた所だ。  凝った肩をぐるぐると回していると、ドアを叩く音が聞こえた。  こんな場所に来るといえばカルアぐらいで、てっきりそのつもりでドアを開け、視界に入ったものに少なからず驚かされた。  ドアの前にはユーイが立っていたからだ。 「この度、領主様の命で小隊を預かる事になったユーイ・シフォンだ。貴殿がリオリヤ・アッサムだな」  ユーイはきりりとした白群の目をリオリヤへと向けている。どうやら彼は明日から調査に同行する魔術士にわざわざ挨拶をしに来たようだ。  地下の研究室には不気味がられて誰も来ない……それに声も上には届かない。  彼は生真面目なのか、それとも無防備なのか。並外れの美しさを持つ彼が、一人でこんな所に来る行動は何とも危うい。  まぁ、それを教えてやる程僕は優しくないけど。    しかし、真近で見た彼の肌はとてもきめ細やかで、睫毛も長い。それに纏う空気も魔族のものとどこか違い清澄としていて、穢れを一切感じられなかった。  エルフの血が流れる者。それは一体どこがどう魔族と違うのか、調べてみたいと好奇心を擽られた。 「リオリヤ殿、明日からよろしく頼む」  リオリヤがまじまじと観察していると、ユーイは右手を差し伸ばしてきた。  騎士たちは手に白い手袋をつけているが、今の彼の手にはそれがない。珍しいと思いつつも、差し出された手を拒む程、リオリヤ・アッサムは驕ってはいない。  リオリヤも右手を伸ばすと軽く握った。    意外にも柔らかいな。  剣を握っている割に手は硬くなっておらず、指も細く長い。爪の形も綺麗に整えられていて、まるでナイフとフォーク以外は持ったことのない貴族令嬢の手のようだ。   「あの、何か?」  思わず手を握ったまま凝視してしまい、ユーイから疑問を投げかけられた。その表情は如何にも機嫌が悪そうで、しまったと思いながらも平然とした態度を貫く。 「今日は手袋をしていないんだな。騎士は皆付けているだろう?」 「あ……訓練で汚れてしまってので、そんな手で握手を求めるのは失礼かと……」  白い頬が薄らと赤く染まる。慌てる様子は可愛げがあり、隊長になったらカルアに揶揄い倒される事間違いない。  可哀想に……と憐憫の目で見つめる。 「すまない、不快だったか?」  その目を変に勘違いしたようだ。身長は少しだけリオリヤの方が高く、ユーイが見上げるように、眉を八の字にさせた。  あぁ、これはカルアが好きなやつだ。いや男は皆好きなやつだ。  かつてリオリヤも上目で見上げてくる女が好きだった。  それをユーイは自然とやってのけている。これは危険だと思い棚へと行くと、かさごぞと以前しまったものを取り出した。 「代わりにこれを使うと良い、ちゃんと未使用だ。カルアに式典などで着る服と一式貰ったけど、この外套がある僕には使う事がなくてね。それをあげるから今日はそれを付けていると良い。あと今後は汚れた時の事を考えて予備も持ち歩いた方がいい」  いつしまったか思い出せなぐらいにとても前の事だが、けれど何かをしまう時に必ず埃がつかないように保護の魔術をかけているので、手袋は真っ白さを保っていた。  無理やりその手袋を握らせると、ユーイは目を大きくして驚いていた。 「な、何故私にここまで……?」 「君の手は綺麗だから隠した方が良い。じゃないと男に、指の先から手首までいやらしく撫であげられて、さらに指に太い指を絡められ、挙げ句に気味の悪い笑顔を浮かべながら脂っこい手でにぎにぎされ、とても不快な思いをす──された事があるのか?」  ユーイの顔が真っ赤に染まり、ふるふると体を震わせている。その様子は事実を言い当てられたといった感じだ。  キッと睨み上げらて、指を差された。 「貴様っ、何故その事を知っている!?誰から聞いた?私の部下たちからか!?」  されたのか……。  きっと彼は疑うことなく今みたいに握手を求め、自ら隙を与えたんだろう。  伯爵の弟君といえど、騎士である彼は貴族たちに立場を低く見られ、それを良いことに右手を弄ばれた。  その光景が容易に想像出来て、リオリヤはますます哀れみの目を向けていた。  しかし睨まれていては気分が悪かった。 「聞いたんじゃない。君の手はとても綺麗だから想像できてしまっただけだ」 「綺麗などっ……あ、貴方もこの手を撫で回したいと、あまつさえ手の甲に口をつけ、な、舐め回したいと……思っているのか!?」  それもされたんだ……。  仕事上知り合っただけの、ほぼ他人の男にそんな事をされるのを想像しただけでぞっとした。いや、男というだけで気色が悪い。  美しさは罪とは言ったが、ユーイは美しいというだけで可哀想な人生を送ってきたようだ。  そんな男たちと一緒にされて、自分を侮辱された気がして眉を顰める。   「は?誰がそんな事を……」  するかと言おうとすると、ユーイの上がった眉が今は下がり、青緑の瞳が不安げに揺れていた。  その怯えは小動物のようで、胸の奥底にしまい込んでいた苛虐心を燻った。 「……そうだなぁ」  ユーイのそっと手を取り、白い手の甲にちゅっ音を鳴らして口付ける。そして、赤い目で見上げながら、ユーイ自身に見せつけるように舌先で、つっ……となぞった。 「ぁあ……」  ユーイはきゅっと目を閉じて、細い肩がびくりと震え上がる。  その反応が面白くて、細い人差し指に舌を這わし、舌先で爪の形をなぞる。  きっと貴族たちはただ舌全体でべろりと舐めていたんだろう。それでは気味が悪いこと仕方がない。口淫はもっと繊細に行わなれば相手も楽しめない。  舌尖と舌背を使い分け、人差し指を余すことなくマーキングすると、付け根へと舌を這わせ、指と指の間を舐めあげれば「ンンッ……」と鼻に抜けるような声を漏らした。  案外甘い声が出るじゃないか。  リオリヤはほくそ笑みながらも、あっさりと手を離した。   「副団長殿は貴族たちにこんな事もされたか?」  ハッと我に返ったユーイの眉が再び吊り上がる。 そしてまた顔を真っ赤にさせて、反対の手で舐められてい手を握り締めてふるふると震わせた。    これはやばい。  リオリヤは直前に察し、両耳を手で塞いだ。 「この──破廉恥なっ!」  ユーイはそう叫ぶと逃げるように部屋を出ていった。  やりすぎた、と少しだけ罪悪感を感じていた。彼を見ていると、少しだけ、昔の驕慢だった自分に戻っていた。 「……厄介だなあいつ」  明日からあれと暫く共にいるのだと思うと、頭がズキズキ痛んだ。  

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