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3.襲撃

 フェボルドを出立したリオリヤたちは、ルーヴァの森までの道を馬で駆けていた。  途中いつくかの街で宿を取る予定だが、街までの間は野営となる。  しっかりとした準備が必要となるので荷を積んだ馬車も運んでいるが、一台だけ派手な荷車が最後列にいて、リオリヤはそれが気になっていた。 「なぁ副団長殿──」  並走するユーイに話かけると、とても鋭い目を向けられた。  やれやれ、まだ怒っているのか。  昨日のあの行為に余程怒り心頭といった様子で、早朝城門で会った時にとても冷たく蔑むような目で見られ、一口も口をきいてはくれなかった。  そんな反応から、見送りに来たカルアに「お前、俺のユーイにセクハラでもしたのか?」と言い当てられてしまった。  なんとかその場は誤魔化したが、どうやら彼は貞操観念がとても高い男だというのがわかった。  キスすらも結婚してからだと純潔さを掲げる程らしく、多感な年頃の時は一体どうやって日々過ごしていたのか不思議になる清らかさだ。女を抱くどころか、付き合った事すら確実に無い。  魔族は人間よりも欲が深い生き物で、抑える事は出来ない。彼の中に混じるエルフの血が、欲望を強く禁じているのかもしれない。  朝一で城を出てからそろそろ正午といった所だか、未だに彼は怒っていた。しかし時折ちらちらとこちらを窺うので、何だと顔を向ければそっぽを向かれてしまう。  まるで猫のようだ。  はぁ、とため息が出てしまう。  嫌われてしまったのかと思ったが、しかし彼が手にはめた手袋は自分があげたもので、時折その右手を、そっと撫でているので、気に入っているようだった。  本当に嫌われているのならば、そんな奴からもらったものを使ったりはしないものだ。  カルアが用意した手袋となれば、騎士団の物よりも格段と質が良いもの。だから気に入ったのだろう。  帰ったらカルアに、プレゼントは手袋にしてやれ。喜ぶぞ、と助言してやろう。  荷車の事は後で他の騎士から聞くことにして、リオリヤは前を睨む。すると茂みの中から、ガラの悪そうな男たちがぞろぞろと出てきた。  まるで我々がここを通るのを待っていたかのようなタイミングだった。 「この魔王の犬どもが!死ね!」  一人が大きな声で罵倒した。その言い方からただの賊ではなく、反逆者なのだと自ら名乗りをあげているようなものだった。  リオリヤは別に魔王の犬になった事はなく、むしろ関わりたくはない存在だったが、それをわざわざ言う事はない。  隣ではユーイが動じる事なく馬を下り、それに合わせて他の騎士たちも下馬して剣を抜いた。 「この不届き者たちを打ち散らせ!」  ユーイが剣を抜き声を上げれば、その声に応じて騎士たちが剣を振るい始めた。  この小隊は騎士団長補佐が選抜したとだけあって、騎士たちはならず者たちを圧倒していた。  中でも一番強いのは、やはりユーイだった。  誰よりも身軽で美しい身のこなしは剣舞を舞っているようで、しかし容赦なく剣を振るい、鋭い剣筋で相手の根を確実に止めている。  ここで捕縛しても連れて行く訳にはいかず、またこんな所にのこのこと出てくるとなれば下っ端だ。捕まえて尋問した所とて得られるものはない。  そう判断し、仕留めている。  強さ、動じない冷静さ、判断力。どれにとっても親衛隊の隊長に相応しい。それにしても……。  鮮血が舞い散る中、白群の長い髪を靡かせて舞う姿は妖艶で、何より凛然とした強い目が良く、リオリヤの胸の奥をじわじわと熱くさせた。  無意識に赤い目をぎらつかせ、手綱を握る手に力が入る。乗馬したまま熱く観察していると、ユーイがふとこちらを見た。  ユーイはどこか恥ずかしそうに目を泳がせ、顔を背ける。その一瞬の隙を、ならず者が狙っていた。 「ユーイ、動くな!」  リオリヤの声に、ユーイはぴたりと動きを止める。  思わず名で呼んでしまったが、今は気にする所ではなく、手を伸ばし、ピンッと人差し指を弾く。するとならず者の体は吹き飛び、近くの木に当たり動かなくなった。  今の男が最後だったようで、逃げる間も与えずにならず者たちは殲滅していた。 「……助かった。礼を言う」     ユーイがリオリヤの側へと来て、顔を上げたかも思えば、すぐに目を逸らしてしまった。 「気にするな」 「さ、先程私の名前を呼んでいたな」  名を呼んだ事をしっかりと聞かれていた。  非常時だったので流してくれると思っていたが、ちらちらと様子を窺うように尋ねてくる。この事がとても気になっているようだった。 「つい、な。不快だったなら謝ろう。呼び方に気をつける」 「嫌じゃない!……その、嫌じゃないからそのままで良い。私も名で呼ぶから」  そう言い残し、そそくさと後始末をする部下たちの下へと向かっていった。  嫌じゃない。それは昨日の事も水に流したという意味と考えていいのかと、顎を手を当てながら、後方を見る。  派手な荷車の影に隠れている騎士がいた。その男は仲間が戦っている間ずっとそこにいて、剣を抜くことは一切なかった。 「あいつは一体何なんだ?」    ユーイの機嫌も直った事で、一つ目の街に何とか夜までには着きそうなので、宿についたらあの派手の荷車と共に聞くことにした。

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