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04.森の中にて

 今いる街は、周囲を四つの森が囲っているらしい。  日当たりが良く、鮮やかな花をつける一年草が多い南の森。  南とは逆に日当たりが悪く、花をつけない多年草が多い薄暗い北の森。  雨が多いせいか湿度が高く、控えめな花をつける低草木や巨木、コケが多い東の森。  山から吹き下ろす風が乾燥気味で、どっしりとした樹木が多い西の森。ここはハーファが通ってきた森だ。    他にもトルリレイエの手帳には色々な事が書いてある。知識職の頭の中は一体どうなっているのやら。 「で、依頼の草はどこにあるんだ?」 「全部だ」 「えっ?」  何となしに聞いてみた質問だったけれど、想定外の回答が返ってきた。  軽く言われた言葉に思わず相棒の顔を見る。けれど先程から変わらず、優雅に微笑む表情のまま。 「依頼の植物は周囲の森にそれぞれ分布している。依頼主は植物標本を作りたいらしいな。発見地のマッピングも必要らしい」 「……そりゃ皆やんねぇよ……」  薬草集めは病気の薬に使うといった医療に関わる動機の依頼が多い。だから魔術師や治癒術師の様な、調査研究に長けた冒険者の居るパーティへ優先的に声がかかる。当然魔物も出るエリアなので、トルリレイエのように単独で行動している奴は見た事が無いけれど。  しかし依頼の内容を聞いていると緊急性はゼロ。ついでに草の在りかを記録しろというのは手間がかかりすぎる。    自分一人なら絶対に受けないなと思いつつ、ハーファはやって来た料理を受け取った。 「報酬額の高さからして、この依頼はギルドも持て余していたようだ」  確かに、依頼表の報酬額は戦闘依頼と遜色がなかった。  採集依頼は戦闘が確定している討伐依頼に比べてかなり報酬が低い。護衛の依頼よりも低かったはずだ。  もちろん貴重な草や難易度の高いダンジョンに踏み入るものは別格だけれど、この依頼の対象エリアは街周辺の森。難易度は高くない。それでも戦闘依頼と同じくらいの依頼額という事は、それだけ受け手が居ないという事だ。  引き受けた時点であつく感謝されてしまったぞと笑う相棒は、流れるような仕草で受け取った肉料理にナイフを入れた。    食事を終え、トルリレイエの資料を元に依頼表の植物がどこで採れるのかを分類し、探索ルートを決めた。  術のコントロール練習もしたいという相棒の希望で、見晴らしと気候条件が良好な順に南、西、北、東の順で回ることにして。  南の森は木がそこまで密集していないし、明るいのですぐに目的の植物を集めきる事が出来た。  西は一度訪れているので何となく地理は分かっていたから、採集する種類は多かったけれどさほど苦労しなかった。  北は薄暗かったけれど気配が分かれば敵のバックアタックは回避できるし、トルリレイエの草を見つける勘の良さが凄まじかった。必要な数が多くて何度も出入りする羽目になったけど、少し日数がかかった程度で済んだ。    問題は……やっぱり東の森だ。 「うえぇー、何回入ってもじめじめして気持ち悪ぃー」  森の入り口で既に濃く漂う水の匂い。遅れて纏わりついてくる湿気の重さ。水分を吸って重くなっていく服。  これでもかと襲ってくる不快な要素にハーファはげんなりとした声を上げた。  ただでさえ能力を使って戦闘をすると消耗しやすいのに、体力が余分にもっていかれて疲労が激しい。おまけに出現する魔物は水生が多く、水中に逃げられると獲物を持たないハーファは攻撃がしづらい。  出てきた敵は一撃でどうにかしたいけれど、いつもと大きく違う環境に命中率が下がっている。それが士気を下げる一因にもなっていた。  おまけに見つけた植物は傷みやすく、必然的に何度も街との往復を強いられる。  苦行。  これほどこの言葉がぴったりだと思ったダンジョンは初めてだった。 「そう言いつつ、だいぶ慣れてきたな。何度も足を滑らせていたのに」 「あんだけ転んだら流石に慣れるって。もう一生分転んだと思う」  くつくつ笑うトルリレイエを睨みながら、ハーファは口を尖らせた。  探索を始めたばかりの頃は足元のツタやコケに足を取られてすっ転んでいた。水気が常にある環境で植物を踏むと滑るのだ。  トルリレイエも時々危なっかしい感じはしていたけれど、戦闘で動き回るハーファはその比ではなかった。相棒が魔術で助けてくれなければ、今頃魔物の腹の中だったかもしれない。  お陰様で慣れたけれど。とても不本意だ。 「さて、採集を始めるか」  話している間に目星をつけた場所に着いたらしい。  しゃがみ込んで地面を観察し始める相棒の周りの気配を主に探りつつ、周囲の様子を見つめる。湧水の近くだからか、しっとりと表面が濡れた植物が密生する地面。遠目には毒々しいほど鮮やかな緑の地面にしか見えない。  見ている間にもトルリレイエはひょいひょいと目的の草を見つけては籠に入れていく。    調査が得意とはいえ狙いが良すぎる気がするのだけれども。本当に【眼】を持っていないんだろうか。  思わず首を傾げていると、見覚えのある草が視界に入った。一株摘んでまじまじと形を観察する。 「ハーファ? どうした?」 「えと、使えそうな薬草があって」  隣にやって来たトルリレイエに見つけた草を示すと、ふむ、と小さな声が聞こえた。 「ああ、メディールか。これだけ生えていればかなりの回復薬が作れそうだな」  乾燥させるのが大変そうだが、と同じ草がびっしり生えた群生地を見つめて相棒は笑う。  見つけた草は生で食べると強烈に腹を下す。だから普通の冒険者は毒草として認識していて、乾燥させれば薬になる事を知っているのは薬師や薬草調合に関するスキルを身に着けた人間だけだ。 「……本当に何でも知ってるな」 「薬草知識は魔術師の嗜みだぞ?」 「本当かよ」  くすくす笑いながらハーファの頭を撫でて相棒は元の採集位置に戻っていった。その背中を少し見つめ、目の前の薬草の元を別の袋へ入れていく。  トルリレイエは治癒術も覚えているから出番はあまりないけれど、もしもの備えは大切だ。薬はいざという時は売れば多少の資金にもなる。    そんな事を考えていたハーファはうっかり草の収集に夢中になってしまっていて。  足元に伸びてきた何かに気付くことが出来なかった。

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